作者・魚豊が語る『チ。』に込めた思いとは? “知性と暴力”への興味から地動説をテーマに

『チ。 ―地球の運動について―』第1話場面カット (C)魚豊/小学館/チ。 ―地球の運動について―製作委員会

作者・魚豊が語る『チ。』に込めた思いとは? “知性と暴力”への興味から地動説をテーマに

10月5日(土) 11:00

地動説をテーマに描かれた漫画『チ。 ―地球の運動について―』がテレビアニメ化され、10月5日(土)23時45分から、NHK総合テレビで放送開始となる。15世紀の中世ヨーロッパ某国を舞台に、天動説を疑わないC教と、地動説を信じる異端派の命がけの争いをドラマチックに描いた本作。章が進むごとに主人公が変わり、時代を超えて“信念”が受け継がれていくストーリー展開、一度見たら忘れられない印象的な漫画表現、心に刻まれるセリフの数々などが高く評価され、 第26回手塚治虫文化賞「マンガ大賞」など数多くの漫画賞を受賞している。そんな本作のアニメ化を記念して、作者の魚豊(うおと)にインタビュー。なぜ地動説をテーマに描いたのか、「痛み」や「知性」など漫画表現でこだわったこと、そしてテレビアニメ化に込める期待などを聞いた。(取材・文=河内香奈子)

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■痛みは“ドライ”に描きたい

――アニメ化おめでとうございます。『チ。』は22歳の時に動き出した作品とのことですが、当初からご自身の作品がアニメ化するイメージはありましたか?

なかったですね!売れたらあるんだろうなとは思っていたのですが、リアリティーを持って考えていたわけではなくて、ぼんやりとイメージしていただけでした。今回アニメ化されると聞いたときは「すごい…そうなんだ」とどこか人ごとな感じで、「やったー!」みたいな喜びは不思議となかったです。

――ある種、夢のような感覚?

まさに夢みたいな感覚ですね。ずっと現実離れしてるというか、まだアニメ化されることも信用していないです(笑)。それこそ映像を見させてもらったのですが、自分のものって感覚はないですね。むしろ(清水健一)監督の作品になり、自分からどんどん離れていく感じがすごくうれしいです。

――そんな『チ。』は地動説を軸にさまざまな人物の行動が描かれていますが、なぜこのテーマを選んだのでしょうか?

知性と暴力に興味があり、それに関する作品を作りたいなと思ってモチーフを探したときに、地動説にたどり着きました。歴史の教科書で習うテーマではありますが、改めて調べてみると、意外な歴史がいろいろとあり、これはそのままフィクションのエンターテインメントになるだろうなというところで描いたというのが大きかったですね。

――冒頭から読んでいて「痛い」と声に出てしまいそうな暴力描写がありますが、表現で大事にしていた点を教えてください。

痛みをどれだけドライに描くか、という点が一つのテーマとしてありました。ウェットな暴力表現ではなく、乾いた痛さ。例えるならば鉄のバットで頭を殴られて、キーンという乾いた音が響く…みたいな。 じわじわ、ぐじゃぐじゃとやるより、漫画『闇金ウシジマくん』のようなスパっと指が切れちゃったみたいな描写を目指していましたね。

そして、その痛みは、1つの信念に基づいているというよりも、(この時代の)システムの中にのっとるもの。その怖さは、現代にも続く怖さだと思うので、そういうところで行われる暴力というものを描きたかったなっていうのはあります。

――「知性」の表現に関しては?

むしろ逆に知性の方は、情熱的にというか、スタティック(静的)な知性ではなく、ダイナミック(動的)な知性っていう表現の仕方ですね。ストリートの知性というよりは、教科書的なものの良さ。実は背景に情熱やスリリングさがあるんじゃないかなっていう、希望と妄想で描いてみました。

――なるほど。このほかにも表現でこだわっていることを教えてください。

漫画はコマが一番大事ですね。ぶっちゃけ何も動いてなかったり、棒人間だったり、究極何も描かれてなかったとしても、コマの大小だけで漫画は面白くなります。しかもそこが漫画の中での動きになっていく。なので、漫画の表現を考える時には「コマの運びだけ見て面白い」と思えるかどうかをすごく重視してます。

それから、見開きを使う時は、画面としてリッチに使うことも意識していました。限られたページ数の中で、情報を進めければいけない以上、全ての見開きに適用させることは難しいのですが、バンと大きく見せられるシーンは大胆に使うようにしていましたね。

■異端審問官、ノヴァクのイメージとは?

――見開きでいえば、神童ラファウに謎の学者フベルトが地動説を提言するシーンはまさにリッチな使い方ですよね。 では、漫画とアニメの見せ方の違いで感じたことはありますか?

漫画はめくりのリズムが支配しているコンテンツなので、それはアニメや映像表現にはないなと。逆にアニメはずっと流れ続けているもので、そこに音楽や効果音、役者さんの演技が付いてくるのは大きな違いとして挙げられますよね。動きの中で見せるとか、キャラたちの掛け合いで徐々に緊張感があるとか、そういうものはアニメならではの表現だと思うので、 そこは(テレビアニメ『チ。』でも)出ていたら最高だなと思います。

――アニメならではの違いとして、『チ。』を声で彩るキャストの方々もとっても豪華です。キャラクターたちの声を聞いたときの印象はいかがでしたか?

まず一流というか、100レベルの人に集まっていただけたことが、めちゃくちゃありがたいなと思っています。 初回を含めて2回アフレコを見学させてもらったんですけど、もうみんなプロなんで、1発でほぼ正解を出してるというか。そこはやはりプロフェッショナリズムを感じましたね。

――ちなみに、漫画を描かれている時って、各キャラクターの声のイメージはありましたか?

あんまりなかったです。でもラファウは女性声優の方が演じる少年の声みたいなイメージで描いていました。生意気な感じといいますか。ノヴァクは漠然と野原ひろし、みたいなイメージがありました。

――異端審査官のノヴァクは一見するといわゆる“悪役”に見える存在ですが、実際は先ほどの話にもあったシステムに準じている、仕事人間ですよね。野原ひろしがイメージと聞いて意外でもあり、不思議と「分かる…」とも思えました。

それはうれしいですね。この作品を通してずっと出続けているし、さまざまな時代に翻弄(ほんろう)され続ける立ち位置ですが、ノヴァクは家族のために頑張って仕事をしているだけなんです。今回津田(健次郎)さんが演じてくださったのですが、もともと『チ。』のファンでいてくれて。いやもう本当に完璧っていうか、むしろノヴァクは「津田さんしかないな!」と納得させられました。

ほかのキャストの皆さんもそうですけど、完璧を目指そうとしてしっかりはまっているんです。速水(奨)さんが演じるフベルトも演じているというよりは、「こいつってこういう声だよね」という感じで…やっぱりプロの方の技術ってすごいっす。

――声優陣と同じく、音楽も『チ。』を彩る要素の一つです。何でも音楽は『チェンソーマン』や『ブギーポップは笑わない』などを手掛けられている牛尾憲輔さんがよいとオーダーされたとか?

最初のアニメ化の依頼の時に、音楽を牛尾さんにしてほしいとオーダーさせていただいて、あとは特に本格的なお願いはありませんでした。それが今回、本当に運良く通って、受けていただけたのはもうめっちゃうれしいです!

元々、牛尾さんの音楽が超好きっていうのと、とてもコンセプチュアルに作曲される方なので、こういうのを自分の作品でやっていただけたらもうこれ以上ない喜びだなと思っていました。あともう1つ、先ほどの漫画とアニメの表現の違いの話にもつながるのですが、音楽の有無は大きいと思うんです。音がすごく格好よければ作品もさらに格好よくなります。

――作品を彩る音楽も今から楽しみです!最後にテレビアニメ『チ。』の放送を楽しみにしている方々に向けて、作品に込めた思いを聞かせてください。

『チ。』は“好奇心”と“向上心”を肯定したいという思いで描いた作品です。描き終わって2年、22歳で描き始めた時からでいえばもう5年も経っていて。今なお大事な気持ちだなと思うので、それに込めた思いをぜひ感じていただけたらと思います。

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