10月7日(月) 17:00
神奈川フィルハーモニー管弦楽団の2025ー2026シーズンのコンサート・プログラムが発表され、記者会見に音楽監督の任期を2028年3月まで延長した沼尻竜典らが出席した。
定期公演ラインナップは、横浜みなとみらいホールでの「みなとみらいシリーズ定期演奏会」、神奈川県立音楽堂での「音楽堂シリーズ」、今年度限りで休館となる神奈川県民ホールに代わるミューザ川崎シンフォニーシリーズでの「ミューザ川崎シリーズ」の3つの定期演奏会シリーズ、そして3年目を迎えるコンサート形式オペラの特別演奏会「Dramatic Series」で構成されている。
●みなとみらいシリーズ定期演奏会(全9回)
シーズン幕開けは4月26日(土)の第404回定期演奏会。沼尻竜典の指揮でショスタコーヴィチの交響曲第12番《1917年》をメインに、ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番(独奏:上森祥平=特別契約首席奏者)。演奏機会の少ない20世紀ポーランドの女性作曲家グラジナ・バツェヴィチの作品を取り上げるのも注目。ショスタコーヴィチは現在のクラシック界のトレンドのひとつ。「ソ連と、ソ連に虐げられた周辺国(ポーランド)という、現在の国際情勢に照らした構図も意図している」と沼尻音楽監督。
5月10日(土)の第405回には、昨シーズン初来日して神奈川フィルを指揮したゲオルク・フリッチュが再登場。前回のブラームス交響曲第2番の好評を受けて今回はオール・ブラームスだ。交響曲第1番とピアノ協奏曲第1番(独奏:ミッシェル・ダルベルト)という、ドイツ音楽の王道プログラムを聴かせる。1963年生まれでドレスデンで学んだフリッチュは、プロ音楽家としての活動を、「東ドイツ」の音楽環境で体験した最後の世代の指揮者。
7月19日(土)の第406回はウィーン生まれのシュテファン・ヴラダーを迎えてのモーツァルトづくし。ピアニストとして知られるヴラダーだが、近年は指揮者としても活躍。ドイツ・リューベック歌劇場の沼尻の後任の音楽総監督でもある。「音楽家としての大きさがオーケストラや聴衆を圧倒する」(沼尻)。交響曲第31番《パリ》と第41番《ジュピター》、そしてピアノ協奏曲第23番。協奏曲はもちろん弾き振り。
9月13日(土)の第407回も引き続きドイツ系指揮者が登場。ドイツ期待の俊英クレメンス・シュルトは2016〜2022年にミュンヘン室内管弦楽団の首席指揮者を務め、2023シーズンからはカナダ・ケベック交響楽団の音楽監督のポストにある。日本のオーケストラにもすでに何度か客演しているので、活躍に注目しているファンもいるだろう。今回は、沼尻音楽監督のオーダーだというリストの大曲《ファウスト交響曲》を振る。男声合唱に神奈川ハーモニック・クワイア(テノール独唱は未発表)。プログラム前半には名手エステバン・バタランの超絶技巧が炸裂するアルチュニアン《トランペット協奏曲》も。スペイン出身のバタランは今夏、シカゴ交響楽団からフィラデルフィア管弦楽団に電撃移籍したことも話題を呼んだ。
10月18日(土)の第408回は沼尻音楽監督によるブルックナーの交響曲第8番。しばしばブルックナーの最高峰といわれる大作だ。「ブルックナー振りとしては後発の私だが、(2024年4月の)第5番が好評だったので調子に乗って(笑)」と謙遜する沼尻だが、まさに“満を持して”のタイミングを見計らっていたからこその“後発”だったのだろう。神奈川フィルとはブルックナーの全交響曲演奏を見据えているとのこと。才気煥発かつ深く練り込まれたブルックナー解釈を聴かせてくれるはずだ。
11月15日(土)第409回は毎年のように神奈川フィルに客演を重ねて好相性の大植英次が登場。ラヴェル《道化師の朝の歌》、バーンスタイン《キャンディード組曲》、同《ディヴェルティメント》、ストラヴィンスキー《春の祭典》という、わくわくするプログラムを聴かせる。《キャンディード組曲》はよく聴かれる序曲ではなく、全曲から9つの場面を抜粋して再構成した管弦楽組曲(編曲:チャーリー・ハーモン)。1991年にバーンスタインの愛弟子である大植が初演している。
年が明けて2026年1月17日(土)の第410回は若手注目指揮者の松本宗利音(しゅうりひと)を初めて迎える。「宗利音」という名が20世紀の大指揮者カール・シューリヒトから取られた本名だというのは有名なエピソード。パガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番の独奏を弾くイタリアのジュゼッペ・ジッボーニは2021年のパガニーニ国際ヴァイオリン・コンクールを制した新鋭。華やかで技巧的な曲を得意とするヴァイオリニストだという。メインはメンデルスゾーンの交響曲第4番《イタリア》。「(松本は)若手の中では抜きん出た才能。《イタリア》は指揮者にとって破格に難しい曲。デビューにそれを選んだ勇気にも期待したい」と沼尻音楽監督。
2026年2月21日(土)の第411回は沼尻による、レスピーギの「ローマ3部作」(ローマの松、ローマの噴水、ローマの祭り)に、ベルリオーズの《ローマの謝肉祭》を加えた「ローマ4部作」という趣向。「明るく華やかなプログラム。若い神奈川フィルの勢いと高い技術を遺憾なく発揮できる」。レスピーギでは横浜みなとみらいホールのオルガン「ルーシー」の荘厳な響きも生きる。
シーズンの最終定期である2026年3月14日(土)の第412回を締めくくるのは特別客演指揮者の小泉和裕。ブラームスの交響曲第3番にドビュッシーの《海》ほか。
●ミューザ川崎シリーズ(全3回)
新たに加わる川崎でのシリーズは、「Beethoven Ring(ベートーヴェン・リンク)」と題して、2027年に没後200年を迎えるベートーヴェンとの連環を形づくるシリーズで始まる。
第1回5月18日(日)は沼尻竜典の指揮で、ベートーヴェンの交響曲第6番《田園》と、ブラームスのピアノ協奏曲第2番(独奏:清水和音)。
第2回10月26日(日)は小泉和裕。交響曲第1番&第5番《運命》に序曲《コリオラン》の組み合わせ。
第3回12月23日(日)は沼尻竜典で《第九》。伊藤晴(ソプラノ)、山際きみ佳(メゾ・ソプラノ)、チャールズ・キム(テノール)、青山貴(バリトン)というクォリティ高いソリスト陣と、神奈川フィルが誇るプロ合唱団「神奈川フィルハーモニック・クワイア」が共演する。
なお、「ミューザ川崎シリーズ」スタートを記念して、同シリーズ定期会員の初回募集限定で、お得な割引価格が予定されているという。詳細を待ちたい。
●音楽堂シリーズ(全4回)
神奈川県立音楽堂でのシリーズは現在進行中の「Classic Modern」を継続。文字どおり「古典から現代」をテーマに、関連性や影響、さまざまな側面に着目する。
5月24日(土)の第32回は作曲家・ピアニストの野平一郎を指揮者に迎える。フランス人作曲家ヤン・マレシュ(1966〜 )の《ジグザグ・エチュード》は日本初演。野平の自作《廃墟の風景》も、今年12月に香港で世界初演する新作だ。野平ゆかりのフランス音楽から、ラヴェルの《クープランの墓》と《マ・メール・ロワ》(バレエ版)を合わせる。
7月5日(土)第33回は鈴木秀美指揮で、ハイドンの交響曲第45番《告別》と、そのパロディとも言えるシュニトケの《モーツァルト・ア・ラ・ハイドン》(原語表記はMoz-Art à la Haydn)を並べた面白いプログラム。暗闇の中に奏者が一人ずつ増えていって「ハイドン風モーツァルト」を奏でる。メインはプロコフィエフの《古典交響曲》。
2026年1月31日(土)の第34回にはセバスチャン・ルランによるフランス・プロ。ビゼーの交響曲と、2025年にフランス留学から帰国する神奈川フィル首席奏者の亀居優斗の独奏でフランセのクラリネット協奏曲。
2026年2月14日(土)の第35回は沼尻竜典指揮でシューマンの交響曲第2番がメイン。吹奏楽の大人気作曲家・長生淳の委嘱作品世界初演も。
●特別演奏会「Dramatic Series」
音楽監督・沼尻竜典のオペラ指揮者としての経験と実績を生かした「Dramatic Series」は、セミ・ステージ形式のオペラ上演。2022年に《サロメ》を、2023年には《夕鶴》を上演し好評を得た。来季はついにワーグナーの《指環》。《ラインの黄金》だ。沼尻はびわ湖ホール芸術監督時代にワーグナーの全主要作品を制覇したエキスパート。びわ湖のシリーズ終盤はコロナ禍のため、“苦肉の策”的にセミ・ステージ形式での上演だった。しかしそれゆえ、オーケストラがピットでなくステージ上で演奏する形ならではの効果的な配置や鳴らし方を探求済みなのだ。ヴォータンに青山貴(バリトン)、アルベリヒに志村文彦(バスバリトン)、ローゲに澤武紀行(テノール)。キャストたちはびわ湖のシリーズでも共演した、信頼する「チーム沼尻」だ。コンサートホールで聴く最上級のワーグナーが期待できるはず。
沼尻音楽監督の就任以降、テレビ・ドラマ出演やコンサートマスター石田泰尚のカリスマ的な人気もあって、活躍の場を広げるとともにオーケストラとしての力量も飛躍的に上昇中。さらなる期待の募る、神奈川フィルの新シーズンだ。
2025-2026シーズン コンサートスケジュール
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