10月3日(木) 17:00
酒場と生活関西篇第2弾。数年ぶりの京都、大阪飲み歩き遠征旅。京都に着いた初日、以前から行きたかった松尾大社でお詣りし、念願の琴ヶ瀬茶屋を堪能し、京福電気鉄道嵐山本線に乗って西大路三条駅を目指した。住宅街のなかにひっそりとある小さな角打ちは開店早々満席となった。
この8月、数年ぶりに京都〜大阪飲み歩き遠征旅に出ることができた。
足を運ぶたび、あまりにも楽しすぎる思い出が増えてゆく関西での飲み歩き。コロナの影響があって数年間ストップしてしまっていたけれど、ありがたいことに今回、イベント出演や雑誌取材の依頼をいただき、それに絡めて実現したというわけだ。
日程は3泊4日。宿は大阪。けれども僕は、旅の第一目的地を京都駅とした。というのも、以前からどうしても京都にある「松尾大社」にお詣りをしたいと思っていたから。松尾大社は“お酒の神様”として全国的に有名で、何度も関西には訪れたことがあるのに今まで行けていなかったことが、酒飲みとして恥ずかしいほどだ。新幹線で京都に着き、まずはひとり松尾大社に直行。無事お詣りを済ませ、じっくりと境内の見所も見て回ることができた。
第二の目的地は、これまた数年来の念願だった「琴ヶ瀬茶屋」。阪急嵐山線の終点で、松尾大社駅のお隣、嵐山駅が最寄りの、川沿いに建つ茶屋。僕が「天国酒場」と呼ぶジャンルの店の大ボスのような存在だ。噂はよく聞いていて、その存在はずっと知っていたものの、まだ訪問できたことがなかった。しかし、こんなに近くにいるのだから行ってみないわけにはいかないだろう。不定休らしいので運次第だが、いちかばちかでも。
このチャレンジには、大阪から飲み友達のスズキナオさんも同行してくれることになり、嵐山駅で集合。桂川にかかる渡月橋にたどり着き、上流方面を見ると、遠目にもわかる。やってる!というわけで、ついにあこがれの琴ヶ瀬茶屋飲みを堪能することができたのだった。初日からすでに大満足。
さて、時刻は午後3時すぎ。この日の夕方以降、どこかで合流して飲みましょうと約束していたのが、これまた飲み友達の、泡☆盛子さんだ。泡さんは京都在住のライターで、酒場やグルメ関係の情報に異常に精通している人。そこで、「今嵐山あたりにいるんですが、おすすめのお店ってありますか?」と連絡してみると、さすが泡さん。すぐにお返事をくれた。
「そのあたりから街なかまで戻る途中にある、私も大好きな角打ち『髙木与三右衛門商店』はどうでしょう?嵐山からなら「嵐電」こと京福電気鉄道嵐山本線に乗って、西大路三条駅で下車すると近いです」とのこと。さらには「都電みたいに住宅街のなかを走ったりするので楽しいですよー」と、嬉しいおまけ情報まで。泡さんが言うなら間違いない。さっそくナオさんと嵐電に乗りこんだ。
開店の夕方4時少し前に到着した「髙木与三右衛門商店」は、酒場の立ち並ぶ繁華街ではなく、住宅街のなかにひっそりとある小さな酒屋といった雰囲気。看板にも「髙木商店」としか書かれていない。店頭のひさしに「ヨサ」の2文字があしらわれたマークがあり、「良さ」のことかな?と思ったが、どうやら店名の読みが「たかぎよさうえもんしょうてん」で、その「与三(よさ)」の部分をデザインしてあるようだ。店の前で4時を待ちながらナオさんに、「角打ちで開店待ちをするっていうのも珍しい客ですよね」なんて話していたが、のちのち僕は、それが浅はかな認識不足だったと知ることになる。
やがて営業が始まり、店内に入って驚いた。客が20人も入ればいっぱいになってしまいそうな空間の周囲にカウンター、ところどころに小さなテーブルがあり、酒屋というよりは完全に立ち飲み屋。天井近くの黒板グランドメニューは、酒はもちろん、料理の種類も豊富すぎて、完全に居酒屋レベルだ。定番品はもちろん、「チーズナチョサルサ」「デミグラスソースのチキンカツ」「ハーブソルトのポテトフライ」など、小粋なレストラン?と錯覚してしまうようなメニューもあって、どれも破格のリーズナブルさだから、片っぱしから頼みたくなってしまって困る。また個人的に、その手書きメニューの、まるでフォントのような文字の美しさにも感動した。文字で酒が飲める店だ。
さらなる見どころは、店内の一角にある冷蔵ケースとその上の棚。ラップをかけられた日替わりのつまみがずらりと並ぶ。「本マグロ赤身お造り」「焼津浜汐サバきずし」といった刺身系から、「いか芋煮」「地鶏もももとポテトのマカロニグラタン」「ゴーヤーチャンプルー」「手羽先の塩焼き」「和歌山鮎の塩焼」など、もうなんでもありだ。情報量が多すぎる。
ひとまず「大ビンビール」(税込495円)を本日3軒目のスタートとしよう。日中に猛暑の京都で汗をかきまくったから、心身への染み込みっぷりがすごい。
真っ先に選んだつまみは、“炙り”と、熱湯でさっと湯がいて冷やした“落とし”の2種類が皿にのる「活鱧食べ比べ」。添えられたすだちを絞り、梅肉をつけて食べると、上品な旨味と爽やかな酸味が口のなかに広がって悶絶する。ハモが気軽に食べられる喜びを実感するたび、関西に移住したさポイントが確実に加算されてゆく。
まだ開店直後ながら、気づけば店内は常連と思われるお客さんで満員状態。一体どこから集まってきたんだ!って人たちが作る活気が、酒の場としてあまりにも心地よすぎる。我々のテーブルにも、泡さんをはじめ、同じく京都在住の漫画家、スケラッコさん、神戸の飲み手、山琴さん、僕と同じく東京の石神井在住で、ナオさんとともにお世話になりまくっている編集者、この連載の担当でもある森山裕之さんなど、事前に「都合が合えば飲みましょう」と声をかけさせてもらっていた飲み友達が続々と集まってきた。お店や常連さんにとっては迷惑であるはずなのに、「もうひとり、増えても大丈夫ですか……?」と聞くたび、みなさん「どうぞどうぞ」と優しく対応してくれて泣ける。そして小さなテーブルに肩を寄せ合い、友人たちとわいわいと飲む楽しさといったらない。
どんなものか気になって頼んでみたら、らっきょうにコンビーフとマヨをあえたらしきものがかかっていたという、わりとそのままだった「らっきょコンビーフ」(275円)は、しかし組み合わせの妙によって斬新な美味しさだ。大ボリュームの「スパゲッティミートオムレツ」(330円)や「焼きなす」(275円)は、温めなおしてから出してもらえるのが嬉しく、テンションが上がる。
なかでも感動したのが、今まで紹介したものとはまた別の「本日のあげもんと一品」という日替わりボードメニューのなかの「国産牛ももビフカツ」(495円)だ。注文してしばらくすると、厚切りの揚げたてビフカツが5切れものった皿が届く。見るからに美しい赤身は、かなりのレア加減。とろりとしたデミグラスソースをまとう姿が妖艶だ。濃いめの色に揚がった衣をざくりと噛むと、柔らかくも適度な歯ごたえのある牛肉の旨味が口いっぱいに広がり、鼻へと抜けていく。ソースとの相性も抜群で、これはもう、完全に高級洋食の世界。こんな値段で食べられていいものじゃない!
と、一つひとつのつまみを全員で大絶賛しつつ、関西でもすっかりおなじみとなった「ホッピーセット」(385円)や、店の名物のひとつで、濃い緑茶割り「ミドリ」(330円)などをがぶがぶ飲み、だいぶ気持ちよく酔っぱらってしまった。やっぱり関西で飲むことは、僕にとって最高のエンタテインメントだな。
ちなみにこの店はもともと、1939年に創業した「髙木商店」という酒屋だったらしい。当時から角打ちも営んでいたものの、料理人経験もある3代目が店を継ぎ、店舗を改装して現在のような営業スタイルに路線変更。気持ちを新たにつけられた「髙木与三右衛門商店」は、創業者のお名前なのだとか。 時代とともに変化をしつつも、多くの常連たちに愛され続けてゆく名店。今思い返してもたまらなく良い店で、あまりにも楽しい時間を過ごさせてもらえたことに、感謝しかない。
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『酒場と生活』次回第9回は2024年10月17日(木)公開予定です。
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