10月3日(木) 14:30
歌舞伎座10月公演「錦秋十月大歌舞伎(きんしゅうじゅうがつおおかぶき)」が、10月2日に初日の幕を開けた。芸術の秋に相応しく、時代物の名作から新たな趣向で描かれた新作まで多彩な演目が揃った。初日公演のオフィシャルレポートをお届けする。
昼の部は、『平家女護島俊寛(へいけにょごのしましゅんかん)』から。歿後三百年を迎えた名作者、近松門左衛門の時代物の名作だ。
幕が開くと、そこは絶海の孤島、鬼界ヶ島。俊寛僧都(尾上菊之助)は平家打倒の密議が露見し、丹波少将成経(中村萬太郎)、平判官康頼(中村吉之丞)と共に流罪となり、この島で3年の月日を過ごしている。今回が初役となる菊之助の俊寛は、事前に公開されたスチール撮影の際に「岳父(二世中村吉右衛門)の公演時の写真も拝見しつつ、共演させていただいた時のことも思い出しながら撮影に臨み、公演への思いが高まりました。近松門左衛門歿後三百年のこの年に、岳父の演じ方を目指し、初代吉右衛門さんにも敬意を払って勤めたいと思っております」と話している。幕開きの憔悴した俊寛の姿は、この孤島での暮らしぶりが窺え、観客を一気に物語世界に引き込む。島で出会った海女の千鳥(上村吉太朗)と成経が夫婦になるというので、皆でささやかな祝言を上げていると、そこへ水平線の彼方から船影が見えてくる。皆で揃って都に帰れると喜び合うが、その喜びも束の間、赦免船から瀬尾太郎兼康(中村又五郎)と丹左衛門尉基康(中村歌六)が出てくると、瀬尾が赦免状を読み上げる中に俊寛の名前がなく……。幸せの絶頂から一転、観客はハラハラドキドキしながら予期せぬ展開を見つめる。虚無感が漂うラスト、ただ鬼界ヶ島の海の波の音だけが聞こえる断崖絶壁での幕切れに、場内はいつのまにか絶海の一部となりながら静かに幕が引かれていった。
続いては、『音菊曽我彩(おとにきくそがのいろどり)』。鎌倉時代に実際に起きた曽我兄弟の仇討ち物語は、江戸歌舞伎に置いて祝祭劇として数多くの作品が生み出された。この度は、秋の季節に相応しい曽我物の舞踊劇として、古典の諸作品を踏まえて、幼少期の曽我十郎と五郎兄弟が仇である工藤祐経と対面する場面を新たに描く。
紅葉に彩られた箱根山。小林朝比奈(坂東巳之助)や秦野四郎(中村橋之助)、大磯の虎(中村魁春)や化粧坂少将(尾上左近)が厳かに舞うと、やがて朝比奈が廓話で洒脱に踊り、盛り上げる。そこへ、菊売りの姿に身をやつした曽我一万(尾上右近)と箱王(尾上眞秀)がやってくる。色鮮やかな衣裳を纏った稚児姿の可愛らしいふたりの花道での登場に、場内は明るい雰囲気に包まれる。「折しも当月は祐経様の誕生月。その長寿を祈る菊酒をそれなる菊で調えん」と秦野が工藤祐経を勤める尾上菊五郎に絡めた台詞で場内を沸かす。まさに開幕初日の10月2日は尾上菊五郎82歳の誕生日で、花道には菊五郎の長女・寺島しのぶの長男で菊五郎の孫にあたる眞秀が控える。参詣に訪れていた工藤左衛門祐経(尾上菊五郎)と対面したふたりは、父の敵である工藤に対し、箱王は血気にはやり、一万らが止めようとするが……。
歌舞伎の様式美が溢れる舞台に、息ぴったりの曽我兄弟のふたり。客席からは、兄弟のこれからに期待を膨らませ、大きな拍手が送られた。
昼の部の最後は、『権三と助十(ごんざとすけじゅう)』。駕籠舁の権三(中村獅童)と助十(尾上松緑)が暮らす神田橋本町の裏長屋では、夏恒例の井戸替えが行われている。
長屋総出の中、権三が参加していないことに助十が腹を立てて言い争いを始める始末。権三と女房おかん(中村時蔵)の夫婦喧嘩、助十と弟助八(坂東亀蔵)の兄弟喧嘩が賑やかで客席は大喜び。現代では見ることのない、江戸の夏の風物詩が描かれた幕開きは当時の長屋の暮らしを偲ばせ、観客はその様子を楽しむ。そんな騒がしい長屋へ、小間物屋の彦三郎(尾上左近)が家主の六郎兵衛(中村歌六)を訪ねて来る。強盗殺人の罪で入れられた牢で死んだという父彦兵衛(中村東蔵)の汚名を晴らすため、大阪から駆けつけてきたのだった。その話を聞いた権三と助十のふたり、実は事件の夜に真犯人とおぼしき男を目撃していたというが……。彦三郎が登場すると、先ほどまでの長屋の暮らしぶりを窺える様子から一転し、観客も夢中になり一連の事件の話に耳を傾ける。権三と助十をはじめ登場人物たちのおかしみもあり当時の粋も感じられる舞台に、最後は客席にも気持ちよい江戸の風が吹き幕となった。
仁左衛門と玉三郎、ゴールデンコンビの繊細な演技に客席からはすすり泣き夜の部は、泉鏡花珠玉の名作『婦系図(おんなけいず)』から。これまで5度にわたり早瀬主税を演じてきた片岡仁左衛門と、昭和58(1983)年以来41年ぶりにお蔦を演じる坂東玉三郎が、初めて『婦系図』で共演することで話題の舞台だ。
幕が開くと、そこは露店が立ち並ぶ本郷薬師の縁日。風情ある明治の空気感が漂う舞台に、場内は一気に引き込まれる。坂田礼之進(田口守)の懐から財布を盗んだ掏摸すりの万吉(中村亀鶴)をめぐって騒動が起きるなか、ドイツ語学者の早瀬主税(仁左衛門)は師の酒井俊蔵(坂東彌十郎)と出会う。酒井は主税に用があると言うが、主税は浮かない表情。柳橋芸者のお蔦と人目を忍んで世帯を持っており、酒井に後ろめたさを感じていたのだ。柳橋柏家の奥座敷で主税は酒井に詰問される。芸妓の小芳(中村萬壽)がとりなすのも聞かず、ふたりの事情を知る酒井は主税に「俺を棄てるか、婦おんなを棄てるか」と迫る。凄まじい剣幕で主税を問い詰める酒井の迫力、緊迫したやりとりを観客は固唾を飲んで見守る。意を決し「婦を棄てる」と答えた主税は、月明かりの美しい晩、お蔦(玉三郎)を湯島天神へと誘う。仁左衛門の主税と玉三郎のお蔦が登場すると、満場の客席からは待ってたとばかりに拍手が起こる。久しぶりに主税と連れ立って外に出たお蔦のはしゃぐ姿の一方、別れ話を切り出せず心を闇に包まれた主税を仁左衛門は「非常に辛いお役」と表現。お蔦のいじらしい姿と、身を引き裂かれるように言葉を絞り出す主税のやりとりに、客席からはすすり泣きが響き、ふたりの想いが繊細かつ濃密に描かれた舞台に惜しみない拍手が送られた。半世紀以上にわたり、お客様に愛され続ける仁左衛門と玉三郎のゴールデンコンビ。仁左衛門は筋書で「玉三郎さんとは長年ご一緒して、自然に芝居が合っていくというか、本当に大切な、ありがたい存在です」と述べている。
続いては、『源氏物語六条御息所の巻(げんじものがたりろくじょうみやすどころのまき)』。戦後、たびたび歌舞伎化されてきた『源氏物語』から、光源氏とその妻・葵の上、六条御息所の三者の恋愛模様を「六条御息所の巻」として新たに描く。
時は平安の世。紗の几帳が重なり合い、シンプルながら奥行きを感じさせる、幻想的な装置が舞台一面に広がる。光源氏(市川染五郎)との子を身籠る葵の上(中村時蔵)は、謎の病に臥しており、左大臣(坂東彌十郎)と北の方(中村萬壽)は比叡山の座主(中村亀鶴)に修法を行わせる。生霊は実在すると言い、賤しからざる身分の女の気配を感じ取ったと語る僧。暗い舞台に不安が広がり、客席には緊張が走る。場面が変わって六条御息所(坂東玉三郎)の館。光源氏の久方ぶりの来訪を喜び、花見や連れ舞に興じる。しかし、六条御息所の表情はどこか暗く、葵の上やその懐妊を嫉み、詰る。光源氏がなだめるのも聞かず、ついに堪えかねて屋敷を去ると、御息所は悲しみのあまり倒れ伏す。嫉妬のあまり生霊となった御息所は葵の上を襲おうとし……。
美しくもただならぬ雰囲気を漂わせる生霊の登場に、客席は静まり返った。叶わぬ恋の切なさを語り、嫉妬のあまり生霊となって葵の上を祟る六条御息所は「女性の恋心を凝縮したような存在」と語る玉三郎。凄まじい情念と繊細に揺れ動く心情の両面を描き、観客の心を大いに惹きつけた。
「錦秋十月大歌舞伎」は10月26日(土)まで、東京・歌舞伎座で上演中。
<公演情報>
「錦秋十月大歌舞伎」
【昼の部】11:00~
一、平家女護島俊寛
二、音菊曽我彩
三、権三と助十
【夜の部】16:30~
一、婦系図
二、源氏物語六条御息所の巻
2024年10月2日(水)~26日(土)
※9日(水)、17日(木)休演
※昼の部:10日(木)、22日(火)、23日(水)、夜の部10日(木)は学校団体来観
会場:東京・歌舞伎座
公式サイト:
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/880
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※公演期間が終了したため、舞台写真は取り下げました。