自分の目線で観る『忠臣蔵』の世界に共感してほしい~東京バレエ団『ザ・カブキ』柄本弾インタビュー~

柄本弾

自分の目線で観る『忠臣蔵』の世界に共感してほしい~東京バレエ団『ザ・カブキ』柄本弾インタビュー~

9月24日(火) 12:00

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20世紀の巨匠振付家モーリス・ベジャールが歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵』をもとに東京バレエ団のために創作した『ザ・カブキ』。現代を生きる青年が時空を超えて主君の仇討ちを果たす物語で主人公の由良之助をつとめるのが、今年60周年を迎えた東京バレエ団のプリンシパル、柄本弾だ。20歳で主演に抜擢されて以来向き合ってきた作品の見どころと、公演への思いを聞いた。

現代の視点で描くことで作品が身近に『ザ・カブキ』プロローグ 現代の東京:ひと振りの刀を手にした青年は「忠臣蔵」の世界に迷い込む(photo: Kiyonori Hasegawa)

──『仮名手本忠臣蔵』は江戸城で起こした刃傷事件の罪を負い切腹させられた主君の敵を四十七人の浪士が討った実話をベースにした作品で、文楽や歌舞伎で人気を集め、その物語はドラマや映画でも広く知られています。『ザ・カブキ』は振付家モーリス・ベジャールが東京バレエ団のために、『忠臣蔵』の世界をバレエで表現した作品ですね?

『ザ・カブキ』は1986年の初演以来、日本はもちろんパリ・オペラ座、ウィーン国立歌劇場、ミラノ・スカラ座など世界15か国28都市で上演されてきた、東京バレエ団にとって大切なレパートリーのひとつです。僕自身にとっても東京バレエ団に入団して間もない2010年に若干20歳で主役の由良之助を初めて踊って以来、国内外で公演を重ねてきた、思い入れの深い作品です。

──ストーリーを簡単にご紹介いただけますか。

物語は現代の東京から始まります。現代を生きる青年が時空を超えて忠臣蔵の時代に迷い込んでしまい、そこで忠臣蔵の物語が展開されていきます。塩治判官の妻の顔世に横恋慕した高師直は、顔世にふられた腹いせに判官に嫌がらせをします。我慢の限界を超えた判官は、城中で師直に斬りつけ、その罪で切腹させられてしまいます。最初は偶然居合わせただけの立場で眺めていた青年は、徐々に自分が四十七士のリーダーの由良之助であることに気づき、敵討ちに向かってつき進んでいくことになります。

『ザ・カブキ』より、第1場 兜改め:顔世御前=上野水香(photo: Kiyonori Hasegawa)『ザ・カブキ』より、第4場 判官切腹:現代の青年は塩冶判官の切腹に居合わせて遺言を託される(photo: Kiyonori Hasegawa)

──文化も感覚も全く異なる時代の‘’敵討ち“が、現代の青年がまるでタイムスリップしたかのように忠臣蔵の世界に迷い込むという設定を通して、私たち観客にも自分ごとのように迫ってくる作品です。特に前半の最大の見せ場である「山崎街道」の終盤で、青年が自分の立場を自覚し、討ち入りの決意を固める場面は印象的ですね。

自分が別次元に入り込んだことにさえ気付かず戸惑って傍観していた青年が、由良之助という武士として敵を討つことを決意する場面です。7分半にもおよぶソロのパートは肉体的にはキツいですが、主君の切腹や、仇討ちを果たせず死んでいった同志の姿を目撃したことで変わっていった心の動きを表現できればと思います。

──第二幕の討ち入りの場面では、男性ダンサーによる群舞も圧巻です。

クラシック・バレエ作品は女性ダンサーの見せ場を中心に構成されていることが多く、男性ダンサーがここまで活躍できる作品は他にありません。特にエンディングの四十七士での群舞は、いつも踊っていて鳥肌が立ちます。

『ザ・カブキ』より、第9場 討ち入り(photo: Kiyonori Hasegawa)

──『仮名手本忠臣蔵』が素材となっている作品だけに、衣裳や小道具はもとより、振付や音楽にも和の要素が随所にみられます。

刀や、着物の衣裳が効果的に使われています。海外の公演でこちらが驚くほどの拍手やブラヴォーの声をいただくたび、日本文化や忠臣蔵を深く理解してバレエと融合させたベジャールさんの素晴らしさを実感してきました。文楽や歌舞伎で『仮名手本忠臣蔵』をよくご存じの方からも、違和感なく楽しめたとよく言われます。ただ、すり足や、重心を低くしての動きなどクラシック・バレエにはない振付も多いので、今回も筋肉痛は覚悟しています(笑)。

──もしも柄本さんご自身がタイムスリップしたら、いつの時代に行って何をしたいですか?

過去に戻って何かをやり直したいという気持ちは特にないですが、過去の世界に行ってバレエ界の偉人たちには会ってみたいですね。残念ながら僕が東京バレエ団に入団した時には『ザ・カブキ』を手掛けたモーリス・ベジャールさんは既にこの世にいらっしゃらなかったので、タイムマシンがあったら会いにいって、どんな思いで創り上げていったのか、直接伺いたいです。

由良之助に感じる理想のリーダー像

──由良之助は、四十七士のリーダーとして現代でも理想の上司像に挙げられるような人物です。東京バレエ団でプリンシパルであると同時に芸術スタッフとしてダンサーたちを率いている柄本さんには、共通する部分もあるのではないでしょうか。

気付いたらバレエ団の中では由良之助と同じようなポジションになっていました。作品を成功させるには自分の背中を見せて引っ張っていくことと、みんなの背中を押して一緒に進んでいくことの両方が必要だと思っています。一人一人がそれぞれの役を生きることで作品に厚みが出るので、若いダンサーにもその大切さを伝えていきたいですね。まずは“弾さんと踊ると楽しい”と思ってもらえたら。

『ザ・カブキ』より、第9場 討ち入り(photo: Kiyonori Hasegawa)

──バレエ以外の作品から表現のヒントを得ることもありますか?

ミュージカルや演劇の公演にもよく足を運びます。最初から最後まで自分の表現に反映するつもりで観ているわけではありませんが、「この目線いいな」「この演出、面白いな」と、使えそうなものは盗んでやろうという気持ちはありますね。バレエは声を発しない舞台芸術なので手法は全く違いますが、片寄涼太さんが出演されていた『HIGH & LOW 戦国』の舞台は、登場のシーンや見せ方など勉強になりました。

──最後に、これからバレエを観る人たちにメッセージをお願いします。

バレエの入り口は「ダンサーが跳んでる! すごいな」でも「衣裳や装置が綺麗だな」でも「音楽がカッコいいな」でも何でもアリだと思います。『ザ・カブキ』はクラシックの王道作品とは少し違いますが、日本で生まれ育った多くの人が知っている物語がどのようにバレエ作品になっているのかという興味から入っても良いかもしれません。そして舞台は一期一会のものですから、同じ演目でもキャストが違えば感じ方も変わります。今回の『ザ・カブキ』では僕を含め三人のダンサーが由良之助をつとめますので、見比べていただいても良いですし、注目したダンサーの成長を追いかけるのも面白いと思います。『ザ・カブキ』をきっかけに、バレエを好きになっていただけたら嬉しいですね。

取材・文:清水井朋子

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<公演情報>
創立60周年記念シリーズ10
『ザ・カブキ』全2幕

振付:モーリス・ベジャール
音楽:黛 敏郎

【東京公演】
2024年10月12日(土) 14:00

出演予定
由良之助:柄本弾
顔世御前:上野水香(ゲスト・プリンシパル)
おかる:沖香菜子
勘平:池本祥真

2024年10月13日(日) 14:00

出演予定
由良之助:秋元康臣(ゲスト)
顔世御前:榊優美枝
おかる:足立真里亜
勘平:樋口祐輝

2024年10月14日(月・祝) 13:00

出演予定
由良之助:宮川新大
顔世御前:金子仁美
おかる:秋山瑛
勘平:大塚卓

会場:東京文化会館(上野)

【高槻公演】
2024年10月18日(金) 18:30

出演予定
由良之助:柄本弾
顔世御前:上野水香(ゲスト・プリンシパル)
おかる:沖香菜子
勘平:池本祥真

会場:高槻城公園芸術文化劇場 南館 トリシマホール

公式サイト
https://www.nbs.or.jp/stages/2024/kabuki/

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