三谷幸喜が長澤まさみを主演に迎え、脚本、監督を務めた5年ぶりの映画『スオミの話をしよう』(公開中)。本作は、突然失踪した女性、スオミと、彼女についてそれぞれちがった印象を語る5人の男たちを描いたミステリーコメディだ。
【写真を見る】映画『スオミの話をしよう』は三谷幸喜監督が観たかった長澤まさみの魅力が詰まっている!
豪邸に暮らす著名な詩人、寒川の新妻スオミが行方不明に。豪邸を訪れたスオミの元夫で刑事の草野はすぐにでも捜査を開始すべきだと主張。しかし、寒川は「大ごとにしたくない」と提案を拒否する。やがて、スオミを知る男たちが次々と屋敷へとやってくる。誰が一番スオミを愛していたのか、愛されていたのか。彼女の安否そっちのけでスオミについて語り合う男たち。しかし、男たちの口から語られるスオミという女性はそれぞれまったく違う性格で…。
ミステリアスな女性、スオミを長澤が演じ、スオミの元夫たちには、刑事の草野を西島秀俊、YouTuberの十勝を松坂桃李、庭師の魚山を遠藤憲一、警察官の宇賀神には小林隆、現夫で詩人の寒川を坂東彌十郎が扮している。今回、極上のミステリーコメディ映画を作り上げた三谷監督と長澤に、役者、監督、そして人間として感じているお互いの魅力を語り合ってもらった!
■「こう見えて、まじめに生きていらっしゃる方という感じがするんです」(三谷)
――「長澤さんのために映画を作りたい!」という三谷監督の思いが映画の出発点だったとのこと。三谷監督から見た長澤さんの魅力をお聞かせください。
三谷「ご本人がいらっしゃるので、言いづらいけれど(笑)。女優さんとしてはもちろん、人としてすごく尊敬しています。こう見えて、まじめに生きていらっしゃる方という感じがするんです」
長澤「こう見えて(笑)」
三谷「(長澤さんと)一緒にいると、『もっとしっかりしろよ!』って暗に言われているような気がするんです。自分の愚かさみたいなものをすごく感じて、自分を見つめ直し、ちゃんと生きようって思わせてくれる方です」
――そういった印象は出会ったころから変わらず?それとも、年々強くなってきた感じなのでしょうか。
三谷「ずっと変わらないですね。10年前に一緒にお仕事をさせていただいた時から、そんな感じがしています。どんな俳優になりたいのか、ご自身が語っていた通りになっている。きちんと夢を叶えて、一歩一歩前に進んでいる。その姿には本当に感銘を受けますね」
長澤「照れますね…」
三谷「お芝居もどんどん上手になられて。今回は5つの顔を持つという役どころ。5つのキャラクターを演じ分けつつ、一人の人物になっていなきゃいけないというすごく難しいテーマでしたが、ちゃんとクリアしてくれて。本当に感謝しています」
長澤「こちらこそ感謝しています!」
――人間としても役者としても魅力を感じているのですね。
三谷「だいたいはどっちかなんです。役者としてすばらしいけれど人としてはダメダメとか(笑)」
長澤「そんなことないでしょ(笑)」
三谷「いやいや、両方ってなかなかいない。長澤さんはすごく“稀有”だと思います」
――長澤さんは、10年前に出演した三谷監督の舞台「紫式部ダイアリー」出演時には、「もっともっと一緒に仕事をしたい」と物足りなさも感じていたとのこと。
三谷「え?物足りなかったの?」
長澤「いやいや、もっとやりたいってことですよ(笑)」
――息ぴったりですね(笑)。長澤さんが感じている三谷監督の魅力とは?
長澤「本当に、10年前は俳優の仕事にたくさん悩みを抱えていて。20代で、ちょうど自分と向き合う年齢というのもあったのだと思うのですが…。私は、子どものころからやる気だけはものすごくあるタイプなのに、なぜかやる気があるように見られなくて(笑)。当時も芝居に対してものすごくやる気はあったけれど、自分でそれを実現していく力はまだまだなくて、相談する相手、わかってくれる人も全然いなくて。芝居の話を深くできる人が当時の私にはあまり多くいなかった。そんな時に出会ったのが三谷さんだったのはすごく大きくて。三谷さんの俳優学校にいるみたいな気分で、私にとってはずっと先生のような存在です。悩んでいることをちゃんと私の悩みに合った速度で一緒に考えてくださるから本当にありがたいです。1回一緒に仕事をしたら、一生質問しても大丈夫という権利ももらえるらしいし…」
三谷「え?そうなの?」
長澤「そう言ってくださったから、それからは作品で立ち止まることがあったら、必ず相談する相手になっています。でも人としては、三谷さん、大丈夫かな?と自分がお姉さんみたいな気持ちになるというのかな。気持ちとしては小日向(文世)さんと向き合う時と同じような感覚です」
三谷「えー!それはちょっとショック…だな(笑)」
■「毎回違う現場に行っているような気分でした」(長澤)
――10年前からお芝居の面で変化したことはありますか?今回の撮影はものすごく大変だけど楽しそうな現場という印象です。
長澤「私は、全然楽しくなくて…かなり辛かったですね。コメディってまじめにやったぶんだけおもしろい作品になるという、ちょっと特殊なジャンルだと思うんです。生半可な気持ちでいられないっていうか。気持ち的には本当に殺人事件が出てくるようなサスペンスを撮っている現場にいた感じでした」
三谷「へぇ〜」
長澤「役に向かっている時は、演じきれるだろうかという思いでいっぱいでしたし、5つの顔を持っている役なので、毎回違う現場に行っているような気分でした」
三谷「相手役も毎回違うからね」
長澤「毎日初日みたいな気持ちでとても緊張していたので、共演していた俳優さんたちの空気感が、私にとってはその時のスオミの現場という印象でした。(坂東)彌十郎さんといる日はほっこりしていたし、遠藤憲一さんとの現場は童心に帰りました(笑)」
三谷「アハハハハ」
長澤「“強面といったら遠藤憲一”っていう俳優さんなのに、なんだかとっても茶目っ気のある人なんです。現場が緩む(笑)。みんな自然と笑顔になっていました。見た目と芝居と空気感のギャップがおもしろかったです。西島さんは本当に映画が大好きな方だから、一緒にいるだけで、映画作りをしている!という気持ちになる。本当にそれぞれで全然現場の空気感が違っていたので、私はただただそこにいさせてもらった、みたいな感じでした」
三谷「夫たちは寒川邸の豪華なセットでほぼほぼ撮っていたけれど、長澤さんはあの場所にあまり現れない役。最後にやっと参加できた感じかな」
長澤「そうなんです!」
三谷「夫たちはワイワイやってほしいという思いもあって、実際、楽しげにやっていたけれど、相対する長澤さんは、いつも緊張していて。すごく集中しなきゃいけないポジションだから、撮影中は近寄りがたい空気感がずーっとありましたよ(笑)。やっと最近、宣伝活動でご一緒するようになって、肩の力の抜けた長澤さんがいる!って思いました」
長澤「アハハハ。でも、撮影中は本当に寝れなかったんです!」
三谷「すみませんでした(笑)」
――様々な顔を演じた宮澤エマさんもすてきでした。
三谷「長澤さんにはいろいろなキャラを演じるけれど一人の人物、宮澤さんには振り切ってコスプレのようにぶっ飛んだ感じでとお願いしました。宮澤さんは『私のことなんだと思ってるんだ!』っておっしゃってましたが(笑)、僕から見た“俳優さんの性質の違い”に合わせた発注で、演じ分けてもらいました。お二人、仲良くなってましたよね?」
長澤「仲良くなりました!エマさんは俳優のお友だちという感じで、芝居の話ができてすごく楽しかったです」
■「“演じる”を超えた領域に達する感覚をイメージして集中しました」(長澤)
――「舞台のような映画を作りたい」ということで1シーン1カットの長回しの撮影を行ったとのこと。長回しの威力を発揮したシーンを教えてください。
三谷「1つは序盤で彌十郎さんが部屋の中をウロウロするシーン。スイカを食べたり、マッサージチェアで横になったり。寒川という人物を紹介すると同時に、あの部屋を紹介するイメージでした。彌十郎さんは撮影初日で、めちゃくちゃ緊張されていて。スイカを食べても口が渇いてタネが張りついちゃって…」
長澤「水分とってるのに(笑)」
三谷「そうなの(笑)。大変そうだったし、長かったけれど、僕はすごく楽しかったです。あともう1つはやっぱりラスト。長澤さんと5人の夫が対峙するシーンです。カットを割りながらやろうかなとも思ったけれど、リハーサルでの長澤さんの芝居を見て、これは割らずにいったほうが絶対おもしろいと思って。すぐにカメラマンに相談して方針を変えました。一番集中しなきゃいけない大変なシーンで、撮影が終わった瞬間、自然とみんなが立ち上がって『よかったよ!』って長澤さんに拍手していて。緊迫感のあるシーンになりました」
長澤「プレッシャーを感じながらもとにかくやるしかない!という思いでした。三谷さんから『舞台が終わるころの熟成されたような芝居を』と言われていたので、舞台の千秋楽近くで言葉が自動的に出てくる感じ、“演じる”を超えた領域に達する感覚をイメージして集中しました。みんなで集中していたので終わった瞬間には、もうクランクアップみたいな空気が流れていました。まだ現場は続くよーって感じでしたが(笑)」
――グッと見入ってしまうシーンでした。
三谷・長澤「ありがとうございます!」
■「おもしろいし、明るいし、楽しいけれど、可哀想なのってすごくいい」(三谷)
――今回ガッツリ映画でタッグを組み、新たに発見したお互いの魅力、今後一緒にやってみたいことの構想などはありますか?
三谷「1回仕事をしたら、その仕事のなかで新しい発見があって、それを基にまた一つの物語を作りたくなる。そんなインスパイアさせてくれる俳優さんが僕にとっての理想だとすると、やっぱり長澤さんはそういう方。今回もいろいろと吸収させていただきました。新しい発見については、前々からちょっとその雰囲気はあったんですけど、長澤さんには“ペーソス(もの悲しい情緒)”がある。なんか可哀想なんですよ、こう見えて(笑)。たまにものすごく可哀想な瞬間がある、なんか恵まれてない感じがするんですよね」
長澤「アハハハ!」
三谷「おもしろいし、明るいし、楽しいけれど、可哀想なのってすごくいい。100パーセントの光じゃなくて、ちょっと暗さがある。その暗さがあるから明るさが余計に際立つ。そんなペーソスを最大限に活かした役はなにかなって映画を撮っている最中も考えていました。『家なき子』とかそういう感じ?この歳で『家なき子』って、ちょっと可哀想すぎるかな?」
――リアルに可哀想ってなっちゃうかもです。
三谷「ですよね。でも、ちょっと考えたいと思います!」
――楽しみです!長澤さんの発見は?
長澤「三谷さんはいつも課題を見つけてくれます。自分のなかで悩んでいることを言い当てられることも多いので、俳優として磨いていかなければいけないと自分なりに考えている部分を共有できる方。実際に共有させてもらえているので、終わりはないなって思っています」
――すてきな関係ですね。
長澤「ありがたいです。ありがとうございます(ペコリ)」
三谷「こちらこそ、ありがとうございます。(長澤さんとは芝居について話したりもするので)『先生』って言われたりしもするけれど、時には『同級生』って言う時もありますよね」
長澤「ありますね(笑)」
――貴重ですてきな関係です。では最後に、映画をこれから観る方、そしてもう一度観よう!というリピーターに向けてのおすすめポイントをお願いします。
長澤「スオミという女性がいろいろな顔を持っていることがおもしろいポイントの一つですが、この映画はスオミという一人の女性を巡る元夫たちの物語でもあります。もうちょっとしっかりしろ!なんて思いながら、かわいい夫たちを楽しんで観てもらいたいです。最後の最後まで目が離せない映画です。頑張ったミュージカルシーンもぜひ観ていただきたいです!」
三谷「コメディではあるけれど、爆発的なギャグがあるというものではない。すごく愛おしい男たちの大騒ぎと、すごく魅力的な長澤さんを観てほしいです。かつ最後の最後まで真相が見えない作りのミステリーになっています。観返していただくことで、それぞれの伏線、セリフの意味などがより楽しめます。いろいろな要素をちりばめているので、何度も観て楽しんでください。日本の映画であまり観ないミュージカルシーンも楽しいものに仕上がっています」
長澤「(ミュージカルシーンは)唐突に始まって(笑)」
三谷「必然性もなく始まりますけれど(笑)、歌えて踊れる長澤さんのすばらしさを存分に味わっていただけます。振り付けの再現ではなく、その場で湧き上がってきたなにかで踊っているみたいな感じという発注にも、ちゃんと応えていただいて。本当にすごい女優さんです」
長澤「ミュージカルの大変さを再度実感しました(笑)。撮影中、松坂さんに『すごい汗かいてますね』って言われたけれど、歌って踊ってセリフを言うと汗が吹きでるんです。これはやった人にしかわからない!」
三谷「すごく軽やかにやっていて、汗をかいている感じがしないから、松坂さんもびっくりしたんでしょうね(笑)。ぜひ、この映画で長澤さんのすばらしさを最初から最後までたっぷりと味わってください!」
取材・文/タナカシノブ
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