昨今の野球の盛り上がりを見て、観戦するだけじゃなく、自分も野球をやってみたいと思った人は少なくないはずだ。しかし、子どもの頃以来プレーしていない、草野球チームに入るほどガッツリ時間をとれない、初心者なので周囲に迷惑をかけそうといった理由から諦めている人も多いのではないだろうか。そんな大人たちのために野球スクールやイベントを開催している人がいると聞きつけ、話を聞いてみた。
きっかけは、野球初心者の子ども向け野球教室
子ども向けの野球教室大阪府豊中市の北摂ベースボールアカデミーは、もともと、野球初心者の子どもたちのために、元小学校教員の植松剛史さんが2019年に立ち上げたNPO法人だ。連盟などに所属しているリトルリーグや少年野球チームとは違い、初心者が気軽に野球を楽しめることを目的としているため、ユニフォームや用具を用意する必要も、土日に試合や練習を強制されることもない。
「僕は小学校の教員をやめて主夫になったので、メインの仕事は息子や娘を育てることです。その中で、ママ友やパパ友たちと話しているときに、子どもに野球をさせたいけれど、少年野球のチームに入ったら、親も週末はほぼ1日潰れるし、お茶くみ係などもあって負担が大きいから、覚悟がいるよね、という声がありました。理想は平日の習い事のような感じで、幼稚園や学校が終わった後に子どもを預けられて、野球を教えてもらっている間に親は夕飯の買い物などを済ますことができたりするといいですよね。僕自身、子どもの頃から野球が好きで、何かしら野球とは関わっていたいと思っていたこともあって、そんな場を提供できないかと考えて始めたのが子ども向けの野球教室です」(植松さん、以下同)
初心者でも用具を借りられるので、気軽に参加できるママ友やパパ友から聞いていた野球教室に入れる際のハードルを解消できるよう、ユニフォームは必要なく、用具は貸し出すことにした。時間も平日の週1回90分のみで、入会金はなく、月会費もリーズナブルなため、他の習い事や予定への影響も少ない。これが好評となり、最初に始めた教室の他に2か所が加わり、現在は計3か所で野球教室を開催している。
大人だってもっと気軽に野球をしたい
大人の野球イベントに集まった方々そんな北摂ベースボールアカデミーが、2021年から「大人の野球イベント」と「女性の野球スクール」をスタートした。「大人の野球イベント」も基本的には気軽に参加できることが前提で、教室ではなく1回の参加費が1500円と格安のイベント。決まったユニフォームもなく、用具もなければ貸してくれて、その日参加した人とキャッチボールやバッティング練習、ノックなど、1人ではできない野球の練習をすることができる。
「大人になってから野球チームに入ると、練習や試合のために土日を空けなくてはいけないし、そうなると家族の予定との調整が難しいですよね。ですから最初は野球場を確保して知り合いに声をかけ5~6人が集まって練習をしました。それが楽しかったので、企画としてやってみようと告知をしてみたところ、10人ほどが集まって楽しむことができたんです。そこから月に1、2回程度、SNSなどで告知をして継続しているんですが、現在は1回でも参加したことがある名簿上の人数が250人ほどにまで増えています」
と、人気も上々。ほとんどが地元の方だそうだが、中には京都や奈良、滋賀など大阪府外からわざわざ参加する人もいるそうだ。もう一つの「女性のための野球スクール」はその名の通り、大人の女性を対象とした野球スクールで、平日の昼間に実施している。
会費は参加した分だけという気楽さが人気
女性のための野球スクールでキャッチボールを楽しむ女性たち「女性向けのスクールを始めた理由はいくつかあるんですが、最初は子どもの野球教室に来ているお母さんたちが、遊びでキャッチボールしたり、ちょっとボールを打ったりして遊んでいたことがきっかけです。僕らの世代で子どもの頃に野球をやっていたという女性は少ないと思うのですが、やってみたら結構上手にボールを取れたり、打てたりして楽しんでいたというのが一つ。さらに野球場は土日に比べ平日は使っている人がほとんどいなくて、空いていたこと。ですから、平日の昼間に来られる方、つまり主婦をメインとした女性向けというのを始めてみたんです」
こちらは毎週火曜日の午前9時30分から11時の90分間開催していて、1回990円で都合のいい日だけ参加するという仕組み。もちろんユニフォームや用具も必要ない。
「たとえば運動しようと思ってスポーツジムに入って月会費を払っても、家族や家の都合で予定していた日に急に行けなくなり、結局今月は1回も行けなかったということが、主婦にはよくあると思うんです。僕の主夫目線で、都合のいい時に行って、行った分だけ会費を払うという方がありがたいだろうなと考えました」
ということでこのスタイルになったそうだ。こちらのスクールも好評で、子どもが野球教室をやめてからも続けているお母さんや、子どもが野球教室に入っていないけれど参加している女性もいるという。
「Sport in Lifeアワード」も授賞
第一回「Sport in Lifeアワード」授賞式で、室伏広治スポーツ庁長官(写真右)からトロフィーを受け取る植松さん(写真左)北摂ベースボールアカデミーは2022年にはスポーツ庁が主催する第一回「Sport in Lifeアワード」で団体部門優秀賞を受賞。既存の野球チームに参加するのが難しい子ども・大人・女性にスポットを当て、誰でも参加しやすい野球環境を創出したことが高く評価された。実際に参加している方々はどんな反応なのだろうか。
「紅白戦などの試合をすることもあるんですが、日常生活ではできるだけ、疲れないように、楽なように行動しているママさんたちが、試合になるとみんな夢中で打ったり走ったりしています。たとえば、ただダッシュを10本してくださいとか、10分走ってくださいとか、運動をするための運動だったら、しんどくなる人もいますよね。でも野球なら、その場所に来て仲間と楽しくやっていたら自然にいい運動ができていた、となる。結果的に運動をしていたというのが野球の魅力ですし、だから続けやすいんじゃないかと思います」
ママさんバレーのように優勝を目指して頑張るというのも楽しいが、競技性が高まると辛くなる人もいると、植松さんは言う。
「社会人になると、スポーツをやりたいなと思っても仕事や家族のほうが優先順位が高くなって、スポーツを選ぶ余裕がなくなりがちです。でも、スポーツ自体はやると楽しいですから、経験者じゃなきゃだめとか、用具を揃えないといけないとか、定期的に通わないといけないといった、始める際のハードルをなくしていけば、もっとみんな気軽にスポーツができるんじゃないかと思います。いろんな方が真似をして同じような活動をしてくれたらいいですね」
実際、この試みに共感して話を聞きたいと、東京在住の方から連絡があったそうだ。
地域を繋げる野球の輪
キッチンカーも出て盛り上がった野球まつりスポーツをすることは健康増進のために役立つが、コミュニティの活性化にも貢献できると植松さんは考えている。
「去年、豊中市の助成金を使って『野球まつり』を開催しました。野球の試合を行って実況中継をスピーカーで流したり、会場のまわりにキッチンカーを呼んだりして、観戦する人も楽しめるようにしたんです。豊中市のアンケートでは、『この1年間にスポーツを観戦をしましたか?』という質問に8割くらいの人が『した』と答えたんですが、そのうちの7割くらいがテレビなどでの観戦で、生で見たという人は少なかったんですね。プロ野球やJリーグの試合などを見に行くのもいいですが、それだとハードルが高いので、もっと身近で気軽に誘いあって観戦できるようなスポーツイベントがあったらスポーツがもっと身近になるんじゃないかと思うんです」
植松さんは今後は、そうした観るスポーツにも力を入れていきたいという。
「大人になってから新しい友達ができる機会は少なくなりますが、野球という共通言語があると親近感が湧くので仲良くなりやすいですよね。大人の野球イベントに参加してくれている人たちが、初対面でも『あなたもオリックスファンですか』『実は私も』といった会話から繋がって、みんなでプロ野球を観戦しに行くようになったり。さらにそこで親しくなった方が、『今度、僕結婚するんで、披露宴で余興をやってくれませんか』と言って、何人かで余興をやったり。そんな新しい関係が生まれています」
地域のコミュニティなどで、北摂ベースボールアカデミーのような場を提供しているところがないか調べてみて、まずは1回、参加してみてはどうだろう?心身の健康増進はもちろん、新たな気づきや出会いなど、スポーツが持つ価値、可能性が人生に新たな楽しみをもたらしてくれるかもしれない。
北摂ベースボールアカデミー公式サイト
https://hokusetsubaseball.org/
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)写真提供:北摂ベースボールアカデミー
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