日本代表のオーダー表が読み上げられた時、記者席から、かすかに驚きの声が漏れた。
9月14日と15日の2日間に有明コロシアムで行なわれる「デビスカップ」日本対コロンビア戦。そのシングルスおよびダブルスに、錦織圭の名が入っていたからだ。
会見で後輩に挟まれながら楽しそうに話す錦織圭photo by AFLO
デビスカップは、テニスの国別対抗戦。今回の日本対コロンビア戦の勝利国は、来年開催の18カ国で競う「テニス界のワールドカップ」への挑戦権を手にできる。
フォーマットは、シングルス4試合、ダブルス1試合の最多5試合が行なわれ、先に3勝したほうの勝利。なおシングルスは基本、両チーム2名ずつが出場し、対戦相手を入れ替え、それぞれ2試合戦う。つまり錦織の単複での選出は、2日間で最多3試合戦う可能性を示していた。
錦織が日本で試合を行なうのは、2021年7月の東京オリンピック以来。ただ、この時は無観客だったため、日本のファンの前でプレーするのは6年ぶりだ。
昨年の夏以降、ひざの炎症のためにツアーを離脱していた錦織が、8カ月ぶりに復帰を果たしたのが今年3月のこと。以降、肩の痛みや足首の捻挫による短期離脱はありながらも、この半年間は継続的に試合に出場。ウインブルドンやオリンピックを含む7大会に出て、一時期は500位台後半まで落としたランキングを、現在は205位にまで上げてきた。
特に大きかったのが、8月上旬のナショナル・バンク・オープンでのベスト8だ。この大会は、グランドスラムに次ぐカテゴリーの「ATPマスターズ1000」。トップ選手が集う大舞台で、錦織は世界11位のステファノス・チチパス(ギリシャ)相手に鮮やかなストレート勝利を手にした。
米国のテニス専門放送局『テニスチャンネル』に出演した際、錦織はカナダに向かう前に「コーチから『自分の持ち味は攻撃力。どんどん攻めていこう』と言われた」と明かす。軽やかに飛び跳ね、ボールと戯(たわむ)れるように次々と多彩なショットを繰り出し相手を追い詰める姿は、見る者をもワクワクさせる錦織圭の真骨頂。
「オリンピックではジャック・ドレイパー(イギリス)に完敗し、自信をなくしていた」という状況から一転。豪快かつ繊細なプレーとともに、強い錦織が帰ってきた感があった。
【34歳の錦織が一番無邪気に笑う】錦織はその後、全米オープンには出場せず、イタリア開催のATPチャレンジャー(ツアー下部大会郡)2大会に出場。これは、公傷により欠場した選手への救済措置である「プロテクトランキング」のルール上の都合だ。錦織のプロテクトランキングは9月末まで延長となり、9月25日開幕のジャパンオープンにはこれを用いての出場を予定している。
ただ、全米オープンには昨年もプロテクトランキングを用いてエントリーしたため、『同じ大会に二度は出られない』という規定のため、出場は認められなかったという。なお、昨年の全米オープンでの錦織は、直前に棄権し、結果的に出場はならなかった。
今シーズンのここから先、錦織は9月18日開幕の成都(ATP250)、前述のジャパンオープンに続き、10月2日開幕の上海(ATP1000)、そして10月21日からのウィーン(ATP500)と大会が続く。ジャパンオープン以外は、すべて主催者推薦枠を得ての出場だ。
明確に掲げる目標は、「年内のトップ100入り」。100位以内に入ればグランドスラム本戦からの出場が可能となり、先への視界が一気に開ける。
そのラストスパートの前に出場するのが、今回のデビスカップだ。
ただしデビスカップには、ランキングポイントは付与されない。言ってみれば、純粋に日本テニス界のため、日の丸を背負いコートに立つことを、彼は選んだ。
もっとも、このような物言いをするといささか悲壮な色をはらむが、開幕前日のドローミーティングで雛段(ひなだん)の椅子に座る錦織に、張り詰めた雰囲気はまるでなかった。34歳の錦織は、選出された5人のなかで最年長。それでも彼は、5人のなかで一番無邪気な笑みを浮かべ、今大会でダブルスを組む綿貫陽介と楽しそうに言葉を交わしていた。
その綿貫や若手の望月慎太郎に、会見では「錦織選手から受けた影響」への問いが向けられた。
「僕はIMGアカデミーで何度か練習させていただいたり、話す機会をもらったり。本当に小さい頃から、お手本のような存在」
望月が朴訥な口調でそう言えば、綿貫は「ジュニア時代に初めて(デニスカップで)チームのサポートメンバーとして入らせてもらった時、錦織さんの背中が大きく見えて......。試合に入る時の姿だったり、アップしている時もかっこよさがすごくあって、憧れていた」と、羨望の想いを明るくつづる。
【あと数年で消えてしまうけど...】それら後輩たちの横で肩をすくめ、文字どおり顔を赤らめながら、賛辞をなんとも気恥ずかしそうに錦織は聞いていた。
錦織自身、後進たちを導いていきたいとの自覚があるかと問われれば、「いや、そうではないんですが......」と、やや困惑ぎみの笑みをこぼす。
ただ、下の世代への想いは、年齢を重ねるごとに強まっていることは間違いないようだ。
「楽しみです。早く(上に)来てほしいなっていう......行ける実力があるから、早く上がってきてほしいなっていうところは、常にあります」
そう綿貫と望月にエールを送ると、「それを言うと、よっしー......西岡(良仁)選手に関しても、もっともっといけると思うんですよ」と、現日本テニス界のエースにもハッパをかけた。
「僕は、あと数年で消えてしまいますけど......」と冗談めかして口にしながら、こうも続ける。
「西岡くんや(ダニエル)太郎くんがちょっと上がってくることによって、若手もどんどん上がってこられる。そこの期待は、すごくしています」
長く世界のトップで"テニス界の顔"を張った錦織に「行ける実力がある」と押される太鼓判が、いかに若手にとって自分を信じる根拠となることか──。その効力は計り知れず、そして錦織本人も、無意識的だとしても自身の影響力を知るのだろう。
15カ月前、錦織の世界ランキングは消失し、彼の名はリストから消えた。文字どおり、ゼロから再び世界の頂点を目指し歩む──。その背を後進たちに見せるべく、錦織圭は日本代表に帰ってきた。
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