マラネッロの新型フラッグシップ、ドーディチ・チリンドリ。イタリア語の名前を訳せば”12気筒”。なんとも直球ど真ん中なネーミングに驚かされたものだけれど、よくよく思いおこすとマラネッロはそんな名付けの常習犯。フェラーリ・フォーやラ フェラーリ、エンツォ・フェラーリなど、数字や地名以外にも直球ネーミングをビシビシ決めてきた。
【画像】フェラーリ・ドーディチ・チリンドリは、見た目のイメージと走りが見事にマッチ!(写真16点)
今回で言えば、この時代にあってモーターアシストなしのピュアな12気筒自然吸気エンジンの存在を世界にむけて叫びたかったに違いない。なにしろ生まれた時から積んできた伝統の形式なのだ。時代がどう変化しようと、できるだけ続けていく。その宣言でもあるだろう。
早くも国際試乗会が開催された。場所はルクセンブルグ。フェラーリ初、どころか私も初めてだ。最近、フェラーリはイタリアを出て試乗会を開くことが多くなった。サーキット色の濃いモデルは相変わらずフィオラノで催すけれど。
ルクセンブルクのイメージは”お金持ち”。ベルギーでダイアモンドビジネスを大きく手がけるインド系の会社がこぞって本社を置いたりするらしい。そしてもうひとつ。ルクセンブルクにはグッドイヤータイヤのプルービングコースがある。ドーディチ・チリンドリにはミシュランの他に久々にグッドイヤー・イーグルF1も採用されているのだ。
外光の元で初めて見るドーディチ・チリンドリは、やはりラグジュアリィ感が優っている。乗り手の目を三角にしてやろうなどという煽り感がまるでない。パーキングスペースで落ち着いている。主人を従順に待っているように見える跳ね馬なんて初めて。優しい目をして静かに牧草を食んでいるような馬だ。812コンペティツィオーネなんて、乗る前から跳ねていた。
乗り込む。ローマ、そしてプロサングエから発展したデュアルコクピットスタイルを極めた。ほぼシンメトリーなコクーンが並列され、エクステリアとイメージをダブらせるデルタウィング形状のフローティング風ブリッジがその間を繋いでいる。”選ばれし者たち”(for the Few )感も満載である。
ルクセンブルクの田舎町を走り出す。第一印象は「プロサングエより乗り心地が良い」だった。ということはすなわち、マラネッロ史上最もコンフォートな車である。要するに内外装のラグジュアリィな雰囲気と見事なまでに連動したドライブフィールだと言える。ちょっとしたカントリーロードに入っても、そんな印象は変わらなかった。
ドライバーを無闇に煽らない跳ね馬もまた初めて、である。なるほどマラネッロの開発陣はやっぱり超マジメだったのだ(実際、ディナーで会話を交わすエンジニアたちは他ブランドに比べても真面目な雰囲気の人が多い。そしてすごく頭が切れる)。見た目のイメージと走りの質感との辻褄をきっちり合わせてきたのだから。
気になるF140HDエンジンのフィールはというと、これがもうウルトラ・シルキーだったとしか言いようがない。これまた史上最高にラグジュアリィなエンジンである。そういう意味ではここでもライドフィールそのものに、また見た目の印象にも大いにマッチしたエンジンだった。とにかく9000回転まで澱みなく回っていくし、サウンドはもちろん勇ましいけれども、爆音というほどではない。キャビン内に響くエンジンサウンドは程よいBGMレベルであって、尚且つ車好きを虜にする。もちろん、外で聞けば存在感のある高らかなエグゾーストノートである。
驚いたのは9000回転まで回ってなお、ドライバーはバイブレーションを全く感じなかったこと。まるでロータリーエンジンかモーターのように、エンジンとミッションの存在感が振動という点では見事に抑えこまれていた。それでいて、力強さもまた途切れることがない。
ドライブモードによるとはいえ、変速ショックも見事に抑えられている。しかも変速タイミングそのものも相当に速い。
かつてこれほどまでに優雅で、官能的で力強く、そして滑らかに回る12気筒エンジンが他にあったであろうか。切れ目のない力強さという点で812スーパーファストを凌ぐ。812コンペティツィオーネに比べると加速フィールという点では劣るかもしれない。けれども絶対的にはほとんど同じ。まさにオールマイティだ。
プルービングコースではその持てる能力の一部を解放することができた。ここでも第一印象は「非常に扱いやすいスポーツカーである」ということ。各種電子制御の進化はもちろん、リアステアとショートホイールベース化(マイナス20mm)が効いていて、タイトヴェントの続くコースをひらひらと思い通りにこなし、時にリアの滑り出しを心地よく感じながら、余裕をもってスポーツドライブを続けることができる。
ちなみにクローズドコースでは280km/hまで出してみた。その鍛え抜かれたエアロダイナミクスの優秀さを証明するかのように、その安定感はすこぶるつき。サーキットもよくこなすが、本質的には街中と高速道路を得意とするGTである。
走りにとにかく刺激を求めたい向きには、勧めない。否、そんなモデルは他にもっているという方に勧めたい。極論をすれば、ガレージの隣に812コンペティツィオーネが置いてあっても成立する。ひょっとすると実用モデルという意味で、プロサングエがライバルになるかもしれない。後部座席と高い視線というメリットさえ目をつぶれば、ドーディチ・チリンドリにも十分に勝機はあった。
文:西川 淳写真:フェラーリ
Words: Jun NISHIKAWAPhotography: Ferrari
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