10月4日(金) 12:00
ソポクレスによるギリシャ悲劇『オイディプス』、『コロノスのオイディプス』、『アンティゴネ』という3本をひとつの作品として再構成した『テーバイ』が新国立劇場にて上演される。小川絵梨子芸術監督が就任以来進めてきた、1年をかけて稽古を重ねながら作品を育てていく「こつこつプロジェクト」から生まれた本作。構成、上演台本、および演出を務める船岩祐太、そして3作を通じて登場し、没落していく王国の統治者として、これまでにない視点から光を当てられるクレオンを演じる植本純米が、ここまでの創作をふり返りつつ、本作の魅力を語ってくれた。
“一介の脇役”だったクレオンが3つの戯曲をまとめる軸に――知らずに近親相姦と父殺しに手を染めたオイディプス王の物語『オイディプス』とテーバイ追放後のオイディプスの神々との和解と最期を描く『コロノスのオイディプス』、そして、オイディプスの娘・アンティゴネが兄弟の埋葬をめぐり、クレオン王と対立するさまを描いた『アンティゴネ』という独立した3つの戯曲をひとつにまとめ、しかも従来は脇役色が濃かったクレオンを軸に据えるというのが斬新です。
船岩クレオンという存在そのものは、他の作品にも出てくるんですけど、総じてストーリーを転がすためにうまく使われる“駒“感があって……。今回、整合性が取れない部分もある3本の戯曲を繋げるにあたって、クレオンにスポットを当てることによって見えてきた太い筋がありました。
キャスティングにおいては、いわゆる悪人のイメージの強いクレオンですが、そうではなく多面性を持った人物として描きたいなっていうことを考えた時に、悪役に見えない、ある種の人の良さがにじみ出るようなタイプの方で、しかもその複雑さみたいなものをきちんと表出できる人がいいなっていうのが前提にあって純ちゃん(植本)がいいなと。
新国立劇場の演劇『テーバイ』主な出演者上段左から)植本純米、加藤理恵、今井朋彦下段左から)久保酎吉、池田有希、木戸邑弥植本3本を繋げてクレオンをやってみて、すごい小物だなと思いました。プレスリリースにも「一介の脇役が……」と書いてあって、みんなそう思っているんだなって(笑)。一介の脇役が間違って真ん中に来ちゃうという話だからね。
船岩長い時間、このテキストに向き合っていると、時代の方がどんどん動いていくんですよね。それ(時代)と向き合っていても、こっちのテキストは変わらないという強さがあったな、という気はします。
植本うん、他の現場だと、何年か前にやる予定だったものが、コロナ禍もあって中止になって、その数年間で時代が動いているから、もう一度、書き直したり、演出を変えたりということが、しょっちゅう行われているけど、この作品に関しては、それはないなという印象だね。さすが紀元前の話です。強靭だよね。
独立した3つの悲劇がひとつになり、より見えてきたもの――3本の戯曲は、テーバイを舞台にしつつも、執筆された時期も違いますし、神と人間、法の関係性や捉え方、テーマも異なります。
船岩上演年代で言うと『アンティゴネ』が最初で次が『オイディプス』、『コロノスのオイディプス』は最後と言われているんですね。『コロノス…』はどうもソポクレスが最後に書いて、なおかつ死んだ後に上演されたとも言われているんですけど、(3作品の執筆時期は)20~30年は開いているんです。
「こつこつプロジェクト」でやっている時は、企画からあえてギリシャ悲劇っぽさみたいなものを引き剥がしていくということをやったんですけど、いま、改めて当時の時代背景みたいなものを確認していくと、それぞれかなり密接に繋がっているだろうということがはっきり見えてきていて、今回はそれを主軸に当時の政治的な解釈から生まれた台本として扱ってみようと考えています。
――『オイディプス』で自らの罪(近親相姦・父殺し)を知ったオイディプスは自分の目を潰し、テーバイを去りますが、『コロノスのオイディプス』では、自らが犯した罪について「知らなかったのだから仕方なかった」という意味のことを言ったりします。
植本そうそう(笑)、クレオンのせいにして「お前がお姉さん(=オイディプスの実の母)を差し出さなければ……」って責めたり。
船岩あれは原文だともっと長いんですよ(笑)。そういう変化も多分、作家(ソポクレス)の熟成――90代で書いたと言われているんですけど、人生の見方みたいなものが定まった段階で書いたテキストなんじゃないかという気がします。
――改めてこの作品に感じる魅力、いまの時代の国家と個人の関係などに通じると考えている部分について教えてください。
植本市民からの突き上げというのは、いつの世もこういうものなんだろうなって思いますね。“炎上”とかもそうですし。
船岩政治や政治家というよりも、統治のシステムそのものが、これまでどういう遍歴をたどってきて、これからどうなっていくのか? という部分は、すごく重要かなと思っていて、これが書かれた当時は、いろんな紆余曲折があった中で、民主制を確立していき、ちょうど黄金期を迎えるという時代なんですね。民主主義とはまた違うんですけど、民主制を検証する――褒める、あるいは、けなすみたいな描写がたくさん出てきますけど、民主制というシステムそのものを一考する材料には使えるかもしれないなと思っています。
単純に悪い統治者がいて、身を滅ぼしていくみたいな話ではなくて、それを支えているバックボーンにある考え方――“制度”の考え方に思いをはせるには良い作品なのかなと思います。
植本どちらかというと、お客様はアンティゴネが言っていることに思いを寄せるのかなと思いつつ、でもクレオンをやってみると、彼が言ってることは、何か信じられるっていうか正しいと思えるんですよね、僕は。だから、アンティゴネと言い争うシーンも本当に「俺はこう思ってるよ」という気持ちで言えるし、一方の(アンティゴネ役の)加藤理恵ちゃんも、アンティゴネの言っていることを信じられるからこそ、ものすごいパワーでくる。そこで、お客さんにどう伝わるかというのは楽しみですね。
船岩それで言うと、その前に『コロノスのオイディプス』があることによって、『アンティゴネ』という作品の見え方が全然違ってくると思います。クレオンが正しいか、それとも、アンティゴネが正しいか? という話は、ヘーゲル(18~19世紀)あたりまで遡って議論がされている問題なんだけど、基本的にそれは『アンティゴネ』という単体の作品で見たときの印象で語っている感です。なぜ彼女がこういうことを言い始めたのか? という原点が少し垣間見えたら、多分、いままでの印象とは変わるかなと思います。
植本クレオンに関しても『オイディプス』があって、そこに出てくるクレオンがいるから、それで1本筋が通るかもね。
船岩そうなんです。そこが難しいんだけど、うまくいくといいですね。
「こつこつプロジェクト」がくれた、ゴールを決めないという贅沢な時間――これまで「こつこつプロジェクト」で戯曲を育ててきて、苦労されたことはどんなことですか?
船岩通常の稽古だと、(初日という)リミットが決まっていて、それに向かって作品を成立させなければいけないので、そこで目指しているもの、成立させようとしているものが正しいかどうかを検証する時間が基本的にないんですよね。ただ今回は、壁にぶつかった時に「他の手はないかな?」と探す時間があったんで、逆に言えば、創作上の高い壁にぶつかった時、「これはヒントだな」と感じるというか、何かうまい他の良い手があるんじゃないか? と考えて、テキストを変えていくっていうことも大きな作業のひとつだったんですね。「むしろテキストの方を疑おうよ」ということをしていったから、そういう意味で言うと、すごい壁や苦労と言えることは、もしかしたらなかったかもしれないですね。
植本もちろん、関係者だけの試演だけでなく、こういうふうにお客様の前で上演できるといいなという思いはあったんですけど、でも、特に上演のために作ってきたわけじゃないんですよね。そうやって、ゴールを決めないというのは、すごく贅沢な時間だったなと思いますね。
船岩「これで成立」と決めつけないというのは、なかなかできることじゃないよね。
植本しかも、その時間を無駄に思わなくて済む、そういう時間だったよね。
船岩「こつこつしていく」ということを、俳優の演技の熟成みたいなところに重きを置くのではなくて、そもそもの企画そのものを熟成させてみようかという方向に今回、僕は舵を切ったんですね。長時間あれば当然、俳優の演技にかけられる時間も増えるんだけど、それよりも、企画として面白いものが出来上がるかどうかのために時間を割こうと。
僕の受け取り方として、このプロジェクトは「企画のプレゼンテーション」みたいなもので、コンペではないし、オーディションでもなく、勝敗があるわけでもなくて、面白いものがあればやってみよう――なんか面白い種を作れたらということで時間を与えるから、ちょっとやってみないか? という懐の深い企画なんだと。
上演のラインアップを決める時に、こういう生まれ方をした作品があること、選択肢が増えていくこと――より良いものをピックアップしていこうという試みはすごく価値があるんじゃないかと思っています。
取材・文:黒豆直樹
新国立劇場の演劇『テーバイ』メインビジュアル<公演情報>
新国立劇場の演劇『テーバイ』
原作:ソポクレス『オイディプス王』『コロノスのオイディプス』『アンティゴネ』
翻訳:高津春繁(『オイディプス王』『コロノスのオイディプス』)、呉 茂一(『アンティゴネ』)による
構成・上演台本・演出:船岩祐太
出演:植本純米、加藤理恵、久保酎吉、池田有希子、木戸邑弥、高川裕也、藤波瞬平、國松 卓、小山あずさ、今井朋彦
2024年11月7日(木)~11月24日(日)
会場:東京・新国立劇場 小劇場
チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2453978