国内初のパワハラ対策資格である「雇用クリーンプランナー」。資格を立ち上げた一般社団法人クレア人財育英協会の理事・大田勇希氏は、広告業界を渡り歩いたのち、不動産業界へ根を下ろした異色の経歴の持ち主だ。なぜ“パワハラ”に着眼し、対策のための資格を創設したのか。その経緯に迫る。
広告業界を去ったあと、不動産投資に興味を持つ
――まず大田さんの略歴を教えてください。
大田勇希(以下、大田):
早稲田大学を卒業し、広告業界に入りました。アサツーディ・ケイ(ADK)に10年いて、その後、博報堂で5年間働きました。広告業界を去ったあとは、会社に依存しない収入を確保しなければならないと考え、不動産投資について勉強することにしたんです。
最初の収益物件を買ったのが、現在私が所属しているSAグループでした。当時、SAグループ代表の酒井康博氏と従業員1人だけの小さな組織でしたが、その後、いわゆる「訳あり不動産」に特化した事業で順調に事業を伸ばし、創業7年で売上50億を突破しました。
私がSAグループに参画したきっかけは、代表の酒井氏が不動産業のみならず社会の課題を本気で解決しようとしている姿勢に触れたことでした。その問題意識のなかに、ハラスメント・リテラシーを高めるという考え方がありました。
“気付きのきっかけ”になる場合も
――具体的に、雇用クリーンプランナーの資格を取得するまでの道のりを教えてください。
大田:
雇用クリーンプランナーの資格を取得するためには、オンラインで20時間の授業を受けていただきます。またその後の試験を受けて、合格することが資格取得の条件です。
設問はハラスメントの基本的に知識を問うものが主体ですが、労働トラブルを網羅していることが特徴です。世の中にハラスメントやメンタルに関しての資格は多いのですが、労働トラブルを取り扱う資格となると弁護士や社労士などの士業になってしまい、ハードルが高い印象があります。雇用クリーンプランナーの学習をするなかで、そうした知識が身につく強みもあります。
――資格を取得するメリットはどんなことが考えられますか?
大田:
まず個人としては、ハラスメント・リテラシーを高めることができます。受講者のなかには、「過去に自分が良かれと思ってやってきたことが、もしかするとハラスメントだったのかもしれない」と話す人もいて、気付きのきっかけになる場合もあります。
また法人としては、雇用クリーンプランナーを擁した企業は、ハラスメント防止策などの職場環境が整えられていることが担保されます。それだけでなく、労働問題を専門とする士業などとの橋渡しを担える人材がいるという強みがあります。
「会社のため」にパワハラが増長していく
――大田さんが考える“パワハラ”の問題性はどのようなところにありますか?
大田:
世間では、パワハラは職場いじめに近いイメージで語られることがありますが、いじめと違うのは、会社としての理想を追求していくなかで起きやすいという構造だと思います。具体的にいうと、会社の売上をあげるという目標のために生産性を重視しなければなりませんが、そうした状況の中で労働強化が起きてきたり、生産性の低い社員に対する厳しい風当たりがあったりするんです。
パワハラをする上司も、最初からそうした上司像があったわけではなく、むしろ「会社のため」という正義に突き動かされてパワハラが増長していく場面も多々あります。
――高いノルマ設定と忙しなく働くという意味では、失礼ながら、大田さんが在籍した広告業界や不動産業界はパワハラが起きやすそうですよね。
大田:
まさにこの目で見てきたことが、現在行っているパワハラ防止策の原動力かもしれません。多くの上司を見てきて感じたことは、「この価値観が正義」という軸が固まっている人ほど、その価値観に合わない言動をする部下を許せません。そして、「正義」に基づいて部下を詰めてしまうんですよね。
「お前なんか博報堂に入れるわけない」と言われ…
――大田さんもそうした体験をされたのでしょうか?
大田:
それはもう(笑)。今にして思えば、広告業界にいたころは月の残業が100時間というのは普通で、それを超えてからやっと「今月は残業しているなぁ」という感覚でした。クライアントからの連絡が来るので24時間スマホは手放せず、返信したと思っていたメールも夢の中でしていただけで現実にはしていなかった……なんてこともありました。
広告業界は華やかな業界で、その分ありがたいことに楽しい仕事をたくさんさせてもらえました。国民的な女優さんとお仕事をさせていただいたり、オリンピックを間近で見られるなど、得難い経験もしました。ただ、残念ながら、そうした活力のある業界だからこそ、そのパワーが別の方向へ向いたときの怖さもあります。
私はADKから博報堂へ転職しましたが、転職の際、ADK出身で博報堂の役職付きになっているOBがいると聞いて、相談に行きました。軽くお茶をしようと言われ伺ったのですが、なぜかそこから2時間近く詰められて、「お前なんか博報堂に入れるわけない」とまで言われました。そのあと中途採用で合格したわけですが、なんと、そのOBの部下になってしまって(笑)
――それ気まずいですよね。
大田:
相当気まずいですよ。やはりその上司はかなり厳しいことで有名で、私は何とか残ったものの、結局、チームの4〜5名が辞めていきました。今はその上司について特に何も思いませんが、「あの経験が私を育てた」みたいな美談にはなかなかなりにくいですよね(笑)。
仲が良かった上司から「裏切り者」扱いされ、閑職に
――見聞きした中でひどかったエピソードがあれば教えていただけますか?
大田:
ある広告代理店の元社員の話です。とても仲良くしてもらっていた上司がいたそうです。しかし退職の意志を伝えた途端、上司が豹変し、「裏切り者だ」と言われたそうです。それから、退職までの1ヶ月間、社用スマホもパソコンも没収されて、別室でずっと過ごさせられたというんです。もちろん、有給消化もさせてもらえません。上司は「情報漏洩をする可能性があるから」という言いがかりを貫いたと言うから、驚きです。
この事例についても、やはり部下の辞めるという行動が会社を裏切ったとみなされるなど、上司の極端な正義が暴走していますよね。
――そうした事例を多く知っているからこその「雇用クリーンプランナー」創設なのですね。最後に、大田さんが描く未来像について教えてください。
大田:
私が知っている事例は世の中のほんの一部であり、しかも事件化されていないものでさえ悪質なものがたくさんあります。やっている当人が、まかり間違えば犯罪の加害者になっているという自覚さえなく、むしろ良いことをやっていると思いこんでいる節さえあります。
雇用クリーンプランナーの資格を取得すること、あるいはこの資格が世間で認知されていくことは、すぐに世の中を改善するには至らないかもしれません。でも、ひとりひとりが自分の半径2メートルの人間関係において「これはハラスメントじゃないか?」と考えることは、少しずつだとしても世の中を前進させていけるのではないかと考えています。
パワハラが単純な構造ではなく、もっと人間同士のやり取りの奥底で起きると知っているからこそ、リテラシーを浸透させていけたらと思って取り組んでいるんです。
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ハラスメントは容易に人を殺める。生きるための労働が、人に死をもたらす途方もなく悲しい皮肉が、今もなお起きている。組織の理論に染まった”正義の人”が後進を使い潰して功を上げ、それが称賛されるグロテスクな構造を破壊することでしか、どんな立派な目標も絵空事に終わってしまうだろう。
雇用クリーンプランナーは、濃密で複雑に絡み合う人間関係のなかを生き抜いた大田氏の発明といえる。その発明がいつの日か組織の暴走の歯止めになるよう願ってやまない。
<取材・文/黒島暁生>
【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki
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