ハンガリーのブダペストで、毎年9月に開催されるクラシック映画の祭典「ブダペスト・クラシック映画マラソン」で、ヴィム・ヴェンダース監督が長年の功績を讃えられ、FIAF(インターナショナル・フェデレーション・オブ・フィルム・アーカイブ)賞を授与された。本賞はこれまで、マーティン・スコセッシ、イングマール・ベルイマン、ジャン=リュック・ゴダール、アニエス・ヴァルダらが受賞している。
ヴェンダースは今年のアカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされた「パーフェクト・デイズ」(2023)や、アンゼルム・キーファーのドキュメンタリー「アンゼルム“傷ついた世界”の芸術家」(2023)など、精力的に作品を撮り続けているが、その一方で、2012年からノンプロフィットの自身の財団を運営し、自作の保存・管理とともに、若者に向けた映画教育のためのプログラムを実施している。まさに映画を次世代に受け継ぐための活動が認められた結果と言えるだろう。
受賞セレモニーでは、ヴェンダースを慕う地元ハンガリーのイルディコー・エニェディ監督が祝辞を述べ、続いて、最近修復されたばかりのヴェンダースの旧作、「ベルリンのリュミエール」(1995)が、本作の音楽を担当した作曲家、ロラン・ブティガンの生演奏付きで上映された。
本作のことは意外に知られていないかもしれないが、ヴェンダースが母校ミュンヘン映画テレビ大学の学生たちをスタッフに起用し、自国の歴史的な発明家、マックスとエミール・スクラダノウスキー兄弟の実話を元にしたドキュフィクションである。
1895年、ビオスコープと呼ばれる映写機を開発したスクラダノウスキー兄弟は、それまでに自分たちで組み立てたカメラを使用し撮っていた映像を、同年7月、ベルリンのレストランで披露する。フランスのリュミエール兄弟より一足早い、世界初の商業的な上映だったが、リュミエール兄弟も同年12月にパリで商業的上映を開催。彼らの開発したシネマトグラフの方が技術的に平易かつ優っていたこともあり、その後ビオスコープは衰退。映画の父の称号をすっかりリュミエール兄弟に奪われる形となった。
本作ではそんな記憶を、マックスの実娘であるルーシー・スクラダノウスキーが語るシーンと、当時のクランク式のカメラを用いてモノクロで撮った、スラップスティックな無声映画のような再現部分(兄弟役をウド・キアとオットー・クーンレが演じる)が混ざり合っている。自国の映画の生みの親たちに対するヴェンダースの敬意が詰まった、観ていて胸が熱くなるような作品だ。
「映画は生き物。面倒を見なければ死んでしまいます」とヴェンダースは語る。そんな彼の映画愛、そして先輩たちから受け継いだ遺産を、後続のものに伝えたいという思いは、クラシック映画の祭典の場を借りて、世界に発信されることになった。(佐藤久理子)
【作品情報】
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アンゼルム“傷ついた世界”の芸術家
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