海外レポート(2):異なる魅力を放つ、パリ国際大学都市にあるル・コルビュジエのスイスとブラジル学生会館

パリ国際大学都市内のブラジル学生会館のロビー(写真撮影:住宅ジャーナリスト山本久美子)

海外レポート(2):異なる魅力を放つ、パリ国際大学都市にあるル・コルビュジエのスイスとブラジル学生会館

9月24日(火) 7:00

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パリオリンピックの観戦でパリに行った際に、まず訪れたのがLe Corbusier(ル・コルビュジエ)のサヴォア邸(1931年)。【 サヴォア邸を特集した海外レポート(1)の記事はこちら 】パリ市内には、ほかにもル・コルビュジエの設計した建物がいくつかある。パリ国際大学都市というユニークな場所にも、ル・コルビュジエによる「スイス学生会館」「ブラジル学生会館」がある。どんな建物だろうか?

ラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸の代わりに見学した、ル・コルビュジエの2つの学生会館

実は、世界遺産「ル・コルビュジエの建築作品―近代建築運動への顕著な貢献―」で、パリ市内にあるもう一つの作品「ラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸」を見学する予定でいた。東京で確認していたら、オリンピックの開会式の日までなら予約ができたので、7月26日の午後2時に見学の予約を入れて、10€(2024年7月時点)の支払いもしていた。

ところが、「オリンピック・パラリンピックの期間は閉館するので、予約をキャンセルします」という連絡が来て、見学できなくなった。なんということだ!

がっかりしていたのだが、それなら世界遺産にはなっていないが、ル・コルビュジエの設計した学生会館を見学しようと思い立った。それが、「スイス学生会館」と「ブラジル学生会館」だ。スイス学生会館は、ル・コルビュジエ最初の公共建築。そして、ル・コルビュジエのパリでの最後の作品となったのがブラジル学生会館だ。

東京ドーム7つ分の敷地に43館が立つパリ国際大学都市とは?

パリ市内にある、パリ国際大学都市(Cité Internationale Universitaire du Paris)は、1925年にフランスの文部大臣が提唱して創設された、パリ大学をはじめとする首都圏の高等教育機関や研究機関の学生や研究者に宿舎を提供し、文化・学術の交流を推進することを目的とした学術施設。都市と名づけられているが、34ヘクタール(東京ドーム7つ分超)という広大な敷地に、43の建物が点在する、学生街のようなものだ。

パリ国際大学都市は、シャルル・ド・ゴール空港と直結するRER(イル・ド・フランス地域圏急行鉄道網)B線の「大学都市」駅(Cité Universitaire)にある。借りていたアパルトマンがB線のサン ミシェル ノートルダム駅が最寄りだったので、思ったよりも近かった。

門を入ってすぐに見えるのが、図書館やレストラン、銀行などの施設があるパリ国際大学都市本部建物。これを囲むように、さまざまな国の学生・研究者の宿泊施設となる宿舎が立っている。ただし、自国出身の居住者を70%以下に抑えることが規則となっており、自然と国際交流が促されるようになっている。

パリ国際大学都市本部(以下、掲載した写真の撮影はすべて筆者)
パリ国際大学都市本部(以下、掲載した写真の撮影はすべて筆者)

あまりに広くて場所が分からず、案内板の前で学生に聞いてみたが、「ル・コルビュジエの建物」にはピンときていなかった。スイスとブラジルの建物と伝えて、一緒に探してもらうと「7L」がブラジル館、「7K」がスイス館だと分かった。ちなみに、途中の「7C」が日本館だった。

案内板を見ると、その広大さが分かる
案内板を見ると、その広大さが分かる

パリ国際大学都市には日本館もある。館内には藤田嗣治の絵があるらしい
パリ国際大学都市には日本館もある。館内には藤田嗣治の絵があるらしい

サヴォア邸同様に、近代建築の5原則が実現された「スイス学生会館」

スイス学生会館前の説明看板には、数学者のルドルフ・フューター(Rudolf Fueter)がル・コルビュジエに依頼して、1933年に開業したと記載されている。設計はル・コルビュジエとピエール・ジャンヌレ。サヴォア邸(1931年)と同時期のこの建物は、「近代建築の5原則」が実現されている。インテリアデザインにも特徴があるという。

とはいえ着いてみたら、管理員の休憩時間が12時~14時までで閉まっていたので、14時まで外観を見て回ることにした。

スイス学生会館を主道路側から見ると、湾曲して突き出た低層のホール棟と奥の寄宿棟に、それをつなぐ階段室に分かれていることが分かる。右側に回って見ると、低層棟、ガラスブロックの階段室、ピロティに支えられた寄宿棟の構成がもっとよく分かった。

スイス学生会館の外観(主道路側)
スイス学生会館の外観(主道路側)

サヴォア邸と異なり、ピロティの柱がかなり太い
サヴォア邸と異なり、ピロティの柱がかなり太い

さらに右側、主道路の裏側に回ると外観は姿を変える。寄宿棟の連続した水平窓、屋上にテラスがあることも推測できる。たしかに、サヴォア邸と同じ手法が随所に使われているようだ。

主道路の裏側から見たスイス学生会館の寄宿棟
主道路の裏側から見たスイス学生会館の寄宿棟

休憩から戻った管理員に2€(2024年8月時点)の入館料を支払い、建物内を見せてもらうことができた。地上階(日本の1階部分)と日本の2階部分にある105号室が見学できるという。

ロビーにある階段室
ロビーにある階段室

まず、ロビーに入ると、楕円(だえん)形の柱に階段が取り付けられた階段室の空間がある。その階段は美しくデザインされている。さらに奥(写真右手)に進むと、必見の低層ホール棟の談話室がある。

談話室。椅子や大理石のテーブル、ピアノなどが置かれている
談話室。椅子や大理石のテーブル、ピアノなどが置かれている

湾曲した談話室(salon courbe)の大きな絵画は、第二次世界大戦後の1948年にル・コルビュジエが描いたもの。ル・コルビュジエやシャルロット・ペリアンがデザインした椅子など、家具もトータルデザインをしている。

階段室に戻って2階に上がり、105号室を探した。探し当てた105号室は、コンパクトながら窓から外が見える開放感と機能的な家具の配置で、暮らしやすそうだ。

(左)105号室。収納の裏にベッド、机の左に造り付けの棚、収納脇に洗面、その奥にシャワー(右)スイス館の学生部屋の資料。部屋内の様子が立体的に分かる
(左)105号室。収納の裏にベッド、机の左に造り付けの棚、収納脇に洗面、その奥にシャワー(右)スイス館の学生部屋の資料。部屋内の様子が立体的に分かる

ちなみに、スイス学生会館は、ル・コルビュジエの建築作品として世界遺産に登録する過程で、残念ながら対象からはずれた。

ルシオ・コスタと仲たがい?晩年の作品「ブラジル学生会館」

次に訪れたブラジル学生会館は、壁面に沿って湾曲した石積みの低層棟やピロティで支えた寄宿棟など、スイス学生会館とよく似ている。ただし、スイス学生会館とは異なる経緯がある。

ブラジル学生会館の外観(主道路側)
ブラジル学生会館の外観(主道路側)

主要道路の裏側から見た寄宿棟。ブラジルらしいカラフルな色使いが印象的
主要道路の裏側から見た寄宿棟。ブラジルらしいカラフルな色使いが印象的

ブラジル学生会館は、当初、ルシオ・コスタに依頼された。ルシオ・コスタは、世界遺産にもなっている、ブラジルの首都ブラジリアを設計した建築家だ。ルシオ・コスタは、ル・コルビュジエのスイス学生会館にインスピレーションを得て、ブラジル学生会館を設計したと言われている。ルシオ・コスタは親交のあったル・コルビュジエに、このプロジェクトの実行を依頼した。ところが、ル・コルビュジエが設計変更をしてしまい、ついにルシオ・コスタがプロジェクトから手を引くという事態になった。

ブラジル学生会館のエントランス前の広場。ピロティで支えられた寄宿棟の下を低層棟がくぐっていることが分かる
ブラジル学生会館のエントランス前の広場。ピロティで支えられた寄宿棟の下を低層棟がくぐっていることが分かる

さて、こちらも管理員に入館料1€(2024年8月時点)を支払って、内部を見学させてもらった。見学できるのは1階部分だけ。それでも、広々としたホールの窓ガラスの開口面が大きく、かつカラフルで驚いた。椅子やテーブルが離れたところに配置されているので、それぞれ上手に使えば多様な利用の仕方があるのだろう。気になったのは、床と天井の高さがホール内で異なるように感じたこと。これは、寄宿棟の下をくぐる部分を少し低くしているからのようだ。

また、ホール内には、ルシオ・コスタやル・コルビュジエ、1997年~2000年の改修工事について説明した展示パネルのコーナーがあった。かなり大掛かりな改修をしたようだが、1959年当時の家具を備えた部屋を復元したそうだ(見学対象外)。

広いロビー。右奥に展示パネルが4枚並んでいる。画像奥はジャン・プルーヴェが設計した小ホール(2002年にルシオ・コスタ・ホールと名づけられた)につながる
広いロビー。右奥に展示パネルが4枚並んでいる。画像奥はジャン・プルーヴェが設計した小ホール(2002年にルシオ・コスタ・ホールと名づけられた)につながる

さて、ホールからエントランスに戻って逆側に進むと、館長室などがある管理ゾーンになる。そこに至るまでの寄宿棟の下をくぐる部分に、なんとも不思議な空間があった。曲面のガラス窓が2カ所あり、その外側は屋外になるが、まるで美術館のような印象を受けた。

寄宿棟の下をくぐる低層棟の部分。ピロティだからこそできる構造だ
寄宿棟の下をくぐる低層棟の部分。ピロティだからこそできる構造だ

緑の扉の部屋が館長室。壁画の奥に図書室がある。天井の明かりとりからたっぷりの日差しが入る
緑の扉の部屋が館長室。壁画の奥に図書室がある。天井の明かりとりからたっぷりの日差しが入る

ル・コルビュジエ晩年の作品であること、ルシオ・コスタとの共作であることなどから、ル・コルビュジエらしさが際立つものの、より変化に富んだ設計になっているような気がした。

それぞれの学生会館の説明看板
それぞれの学生会館の説明看板

さて、ル・コルビュジエは、建物を設計する建築家として有名ではあるが、家具などのデザインも数多くしている。今回の学生会館でも、ジャン・プルーヴェやシャルロット・ペリアンなどがデザインした家具が配されている。

なお、スイス学生会館については、建築年を1932年とする資料も多いが、現地の説明看板に1933年と記載されていたので、それを参考にしている。

パリ市内には日本人建築家による作品もある!

2回にわたりフランスの偉大な建築家ル・コルビュジエの建築物を紹介してきたが、実は、パリ市内には日本人が設計した建築物がたくさんある。黒川紀章氏による「パシフィック・タワー」、坂茂氏による「ラ・セーヌ・ミュージカル」、隈研吾氏による「アルベール・カーン美術館」、伊東豊雄氏による「コニャック・ジェイ病院」など、いくつも挙げることができる。日本人の建築家も高く評価されているのだ。

波打つガラスが美しい、SANAA(妹島和世氏と西沢立衛氏による建築家ユニット)による、百貨店の「サマリテーヌ リヴォリ館」
波打つガラスが美しい、SANAA(妹島和世氏と西沢立衛氏による建築家ユニット)による、百貨店の「サマリテーヌ リヴォリ館」

「ブルス・ドゥ・コメルスー コレクション・ピノー」は、元証券取引所だった建物を、安藤忠雄氏が改装を手がけた現代アート美術館。コンクリートで囲った円形の展示スペースを建物内部に設置するというユニークなもの
「ブルス・ドゥ・コメルスー コレクション・ピノー」は、元証券取引所だった建物を、安藤忠雄氏が改装を手がけた現代アート美術館。コンクリートで囲った円形の展示スペースを建物内部に設置するというユニークなもの

さて、パリオリンピックは開会式に始まり、男子バレーボールや柔道などを観戦してきた。パリの名所を競技会場にしていることもあり、グラン・パレのフェンシング、コンコルド広場のスケートボードなどは、パリの歴史や美しい街並みを堪能できる観戦でもあった。競技の大会は一時期のことだが、名建築は今後も私たちを楽しませてくれることだろう。

注)外国語の固有名詞を日本語にする際にはさまざまな表記があるが、多く使用されている表記を使っている。

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