奥山大史監督ならではの映像美で紡ぐ少年の成長光に包まれたスケートシーンは特筆もの映画『ぼくのお日さま』レビュー

映画『ぼくのお日さま』場面写真 (C)2024「ぼくのお日さま」製作委員会/COMME DES CINEMAS

奥山大史監督ならではの映像美で紡ぐ少年の成長光に包まれたスケートシーンは特筆もの映画『ぼくのお日さま』レビュー

9月8日(日) 10:00

長編初監督作『僕はイエス様が嫌い』(2019)で、史上最年少となる22歳で第66回サンセバスチャン国際映画祭の最優秀新人監督賞を受賞した奥山大史監督の最新作『ぼくのお日さま』。ハンバート ハンバートの同名タイトルの楽曲からインスピレーションを得て生まれた、美しいスケートシーンが満載の、瑞々しくて切ない、淡い恋たちの物語だ。

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◆瑞々しくて切ない、淡い恋たちの物語

雪が積もる田舎街に暮らす小学6年生のタクヤ(越山敬達)は、すこし吃音がある。タクヤが通う学校の男子は、夏は野球、冬はアイスホッケーの練習にいそがしい。

ある日、苦手なアイスホッケーでケガをしたタクヤは、フィギュアスケートの練習をする少女・さくら(中西希亜良)と出会う。「月の光」に合わせ氷の上を滑るさくらの姿に、心を奪われてしまうタクヤ。

一方、コーチ荒川(池松壮亮)のもと、熱心に練習をするさくらは、指導する荒川の目をまっすぐに見ることができない。コーチが元フィギュアスケート男子の選手だったことを友達づてに知る。

荒川は、選手の夢を諦め東京から恋人・五十嵐(若葉竜也)の住む街に越してきた。さくらの練習をみていたある日、リンクの端でアイスホッケー靴のままフィギュアのステップを真似て、何度も転ぶタクヤを見つける。

タクヤのさくらへの想いに気づき、恋の応援をしたくなった荒川は、スケート靴を貸してあげ、タクヤの練習につきあうことに。 しばらくして荒川の提案で、タクヤとさくらはペアでアイスダンスの練習をはじめることになり…。

子ども2人に大人1人というメインキャラクターの3人。それぞれ恋をしているけれど、その愛情表現も、恋模様の行方も三者三様だ。「雪が降りはじめてから雪がとけるまでの少年の成長を描きたい」と企画をスタートさせた奥山監督が、ハンバート ハンバートの楽曲「ぼくのお日さま」と出会い、その歌詞を聞いた途端「主人公の少年の姿がはっきり浮かび、物語がするすると動きだした」という。

楽曲「ぼくのお日さま」は、生きづらさを抱える人の心にそっと優しく寄り添うような温かみのある名曲。ハンバート ハンバートが2014年に発表したアルバム「むかしぼくはみじめだった」に収録されており、これまで主題歌オファーがあっても断ってきたほど大切な楽曲だったが、奥山監督からの手紙を読んでオファーを快諾したという。

奥山監督は当初2人の男の子と女の子が登場するフィギュア映画を考えていたが、別のプロジェクトで池松壮亮と仕事をしてその佇まいに魅了され、この物語に大人の目線を加えたいと思ったことから「夢に敗れた元フィギュアスケート選手のコーチ」という池松のキャラクターが生まれた。

◆磨きのかかった映像美に惹きこまれる


前作『僕はイエス様が嫌い』でも、その詩的で美しい映像が印象的だったけれど、今作ではその映像の美しさにさらに磨きがかかっている。あまりに洗練されていて、まるでMVを見ているような感覚になる時もあった。特に光に包まれたフィギュアスケートやアイスダンスのシーンは特筆もの。子どもの頃スケートを習っていたという奥山監督が滑りながらカメラをまわしていたそうで、そんな経験者だからこそ生み出すことができた、数少ないスケート映画といえる。

主人公のタクヤは、吃音があるし、アイスホッケーも苦手だけれど、それで卑屈になることもなくどこかポジティヴ。豊かな自然の多いところに住み、仲良しの友達もいて、笑顔の多い日々を生きている。ある日美しく優雅に氷の上を滑るフィギュアスケート少女のさくらに目を奪われ、彼女とアイスダンスのペアを組むことになるとはりきって懸命に練習に取り組む。

そんなタクヤやさくらたちが披露する美しいスケートシーンの数々のほか、個人的に特に印象深いのは、主人公が家族と一緒に食卓を囲むシーン。奥山監督は前作と同じく、家族の食事シーンで、それぞれの性格や互いの関係性を浮かび上がらせる。タクヤがアイスダンスを始めたことに周りの家族があまりいい顔をしない中、タクヤと同じ話し方をする父親だけは、自分の好きなようにすればいいと背中を押す。ああそうか。タクヤが好きに向かって突き進むポジティヴな性格なのは、こういう否定しない大人が身近にいるからではないか。自分もこういう大人でありたい。難しいけれど。

本作では主人公タクヤの1年の成長が情感豊かに描かれる一方、人生経験の浅い子どもが持つ残酷さ、マイノリティの痛みも描かれている。そしてそれは誰かが悪いというのではなく、生きていくうえで通過せざるをえない現実として淡々と描写されている。『僕はイエス様が嫌い』と同様に、言葉ではなく映像で語る卓越したセンス、そして監督・脚本・撮影・編集をすべて手掛けて作品と真摯に向き合う監督の誠実さがにじみ出る作品だと感じた。(文:古川祐子)

映画『ぼくのお日さま』は、テアトル新宿、TOHOシネマズシャンテにて9月6〜8日先行公開、9月13日より全国公開。

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