「現場に入るときには、毎回、初めて映画をやるような気持ち」と語る
永瀬正敏さん(58歳)
。デビュー作『ションベン・ライダー』(監督:相米慎二)が1983年に公開されてから、丸40年を過ぎたが、「俳優として、自分自身、まだまだ」だと言う。
いまは、石井岳龍監督と、27年前にクランクイン直前まで行きながら頓挫した企画を、新たな脚本で実現させた『箱男』が公開中だ。そんな永瀬さんに、現代性を感じるという『箱男』について、また永瀬さんが目標としてきたことや、体験してみたいという「タテの世界の映像」への興味を聞いた。
役者を続けているのは「永遠に叶わぬ目標」
――デビューから丸40年を過ぎましたが、永瀬さんの口からは、今も折に触れ相米慎二監督のお話が出ますね。
永瀬正敏(以下、永瀬):
相米さんからの影響に関しては、全く揺るがないんです。僕は現場で、相米さんの声で本当の「OK」をもらったことがない。言ってもらったことがない。「まあ、そんなもんだろう。じゃあ、次、行くぞ」という感じのOKで。僕の目標は、相米さんがカメラの横で思わず「OK!」と言ってしまう役者です。ずっとそう思っていました。
でも先に逝っちゃいましたから(※※相米慎二監督は2001年に亡くなった。『ションベン・ライダー』のほか、代表作に『セーラー服と機関銃』『台風クラブ』などがある)。永遠に追いつけなくなってしまった。僕は永遠に「そんなもんだろう」の役者になってしまった。役者を続けているのも、目標達成が叶わないからかもしれません。
“慣れ”は、できるだけ削ぎ落としたい
――俳優として人気も評価も得ていくことで、自分自身への「OK」の評価は。
永瀬:
うーん、僕はお芝居について確信を持っていないのだと思います。現場に入るときには、毎回、初めて映画をやるような気持ちです。「これをやっていればOK」というものがない。もちろん40年ちょっとのキャリアによる“慣れ”というものがないわけではないです。でもそれは足枷になるときもある。だから“慣れ”というのは、できるだけ削ぎ落としたいと思っているし、毎回、初日のワンカット目はとても緊張します。
俳優の土俵は、キャリアを積んでも積んでいなくても、一緒です。名前や存在を知っていただけるというのは本当にありがたいことだし、お客さんにたくさん来ていただける俳優になりたいという気持ちももちろんありますけど、まず俳優として、自分自身、まだまだだと思っています。だから、27年前も今も、変わらず箱に入っちゃったりするんです(笑)。
『箱男』の役作りは愛猫と一緒に
――公開中の『箱男』のことですね。箱男になるために、27年前も今回も、撮影前の日々、実際に箱に入っていたそうですね。
永瀬:
今回は自分の部屋で。うちには猫がいるのですが、2人で一緒に入って外を覗いてました。
――猫は段ボールが好きですし。
永瀬:
でも彼も最初は、黙って廊下から「変なのが来たぞ」と見てるだけでした。そのうちに箱の中からする僕の匂いに気が付いて、近寄ってきて「入れろ」と言い始めました。それで中に入れたら今度は全然出ない(笑)。普段、あまり抱っこは好きな子じゃないんですけど、中でずっと抱っこしてました。
安部公房の写真に、その美学を感じた
――今回演じた「わたし」はカメラマンです。永瀬さん自身、写真家としても活躍されています。本編に登場する箱男が撮った設定の写真は、原作者の安部公房さん撮影の写真だとか。
永瀬:
安部さんの世界をどのように映像化するかというところで、安部さん自身がたくさん撮られた写真もヒントになりました。安部さんの写真で面白いと感じたのは、安部さんの美学というか、切り取り方です。一般に美しいとされるものだけが美しいのだろうか、という切り取り方をされていると思います。キレイな花を撮るのではなく、朽ちたものを撮って美しさを表現する。そういったところが、安部さんにはあると思いました。
――今年2月には、第74回ベルリン国際映画祭で、『箱男』がワールドプレミアされました。そのとき、「出展作品の中でもっともクレイジーな作品」と称されたと。
永瀬:
そうなんです。みんなで「よっしゃ!」と思いましたね。日本の文学をもとに、日本人の俳優、スタッフ、監督が日本で撮影した作品です。もちろん日本から来ていただいたお客さんもいらっしゃいましたし、ドイツ以外のお客さんもいらっしゃいましたけど、反応を見ていて「通じているな」ということと、「現代性」をすごく感じました。
今はスマホという箱の中の世界を生きている
――50年前の原作ですが、永瀬さん演じる「わたし」は今の現実社会と繋がっているように映ります。
永瀬:
知らない世界を「面白い」と感じてもらっているのではなくて、体感してもらっている感じがしました。それこそ「わたし」になってもらっている感覚があって、同じようにビクっとされるし、同じように笑ってくれるし、同じように心の中で走っていただいているのが分かりました。「通じるんだな」と。
それから、石井監督と久しぶりにお会いして『箱男』に取り掛かれるという話をしたときに、「箱ってコレ(スマホ)じゃない?」とおっしゃっていたんです。27年前は今のような世の中になっているとは思っていませんでしたが、今って、この箱(スマホ)の中の世界を当たり前に生きていると感じます。
タテの世界の映像作品に出てみたい
――たしかに、いまの人はスマホという箱を通して社会を覗いていますね。ところで、いまはスマホで映画も撮れます。そうしたものへの興味は。
永瀬:
あります。そこから新しいものが生まれてくるかもしれませんからね。小学生の子が撮った作品から、すごいものが出てくるかもしれない。子どもの描く絵って大人には描けなかったりしますし。そういう意味でも、スマホという機材もそうですし、それを使うことによって、子どもが撮る映画や、もっとプライベートなものを見せてもらいたいし、それを体感したいです。もちろんフィルム撮影からも受け取ることもたくさんあると思います。
――フィルム撮影にこだわる若い人も多いですし。
永瀬:
そうですね。先輩たちの過去の作品を観たり、フィルムにこだわって撮りたい気持ちも分かります。映画も写真も。あとスマホでいうと、僕はこれまでタテの世界の映像作品に出たことがないので、ぜひ1回やってみたいです。
――タテの世界?
永瀬:
いわゆるTikTokのようなタテ型の映像です。僕が出てきたのは、ヨコの世界で、映像作品としてタテの世界を体感していないんです。でも今はそのジャンルの映画祭のようなものもあるし。どういう風に見えるんだろうな、どう表現するのかなと。やったことがないので、想像できなくて、興味があります。
――永瀬さんから、“慣れ”は感じられないですね。これからも楽しみにしています。ありがとうございました。
<取材・文・撮影/望月ふみ>
【望月ふみ】
ケーブルテレビガイド誌の編集を経てフリーランスに。映画周辺のインタビュー取材を軸に、テレビドラマや芝居など、エンタメ系の記事を雑誌やWEBに執筆している。親類縁者で唯一の映画好きとして育った突然変異。X(旧Twitter):@mochi_fumi
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