平安時代に実在した“最強の呪術師”安倍晴明の活躍を描く夢枕獏の「陰陽師」シリーズを原作に、晴明が陰陽師になる前の知られざる学生時代を描いた『陰陽師0』(24)。強さと美しさを兼ね備えた新しい晴明を山崎賢人が演じ、染谷将太、奈緒ら豪華キャストの競演も話題となり、興行収入10億円を突破する大ヒットを記録した。
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圧巻のVFXで表現された映像世界や、佐藤嗣麻子監督がこだわり抜いたディテールを通して、夢枕が生みだした美しくも不可思議な世界観を具現化した本作。そのなかに没入するように堪能するのも楽しみ方の一つだが、より深いところまで知ってこそ、本作の魅力は格段に増すこと間違いなし。そのためにチェックしておきたいのは、9月4日(水)にリリースされるブルーレイ&DVDのプレミアム・エディションに収録されている、佐藤監督と夢枕によるオーディオコメンタリーだ。そこで本稿では、その一部を紹介しながら、様々な角度から作品の魅力と映像美の秘密を探っていこう!
呪いや祟りから都を守る陰陽師の学校であり省庁でもある“陰陽寮”で、一人前の陰陽師になるために切磋琢磨していた学生(がくしょう)たち。ある日、呪術の天才と言われながらも陰陽師に興味を示さない変わり者の学生、安倍晴明(山崎)のもとに、貴族の源博雅(染谷)が訪ねてくる。彼の依頼は元伊勢の斎宮である徽子女王(奈緒)に毎晩起こる怪奇現象を解決してほしいというもの。互いに衝突しながらも捜査に乗りだす晴明と博雅。しかし、ある学生の変死をきっかけに、平安京をも飲み込む大事件へと巻き込まれていくこととなる。
■「平安時代の再現」と「エンタメとしてのVFX」
本作の世界観になくてはならない重要な要素は、『ゴジラ-1.0』(23)で第96回アカデミー賞視覚効果賞を受賞するという歴史的快挙を成し遂げた「白組」を筆頭に、日本VFX屈指のクリエイターたちが多数参加し生みだしたハイクオリティなVFXだ。VFXプロデューサーを務めた白組の井上浩正の談話によれば、「平安時代の再現」と「エンタメとしてのVFX」の2点に特に力が注がれたという。
VFXでの再現度をまず感じられる場面といえば、映画の冒頭で観客をいっきに平安京へといざなう空撮カットだろう(本編冒頭映像2分28秒より)。このオープニングは原作者である夢枕も大満足の様子で、コメンタリーでは登場する鳥の動きに興味津々。佐藤監督は制作過程を説明し、VFXスタッフたちが粘り強く調整や修正を重ねて完成させたものであることを明かす。
また、作品の世界観を司る「エンタメとしてのVFX」で特に見せ場が満載なのは、“呪(しゅ)”の表現だ。陰陽師の世界における呪いを意味する“呪”は、肉体や物質に直接作用するのではなく、意識に作用を及ぼすことで肉体にも影響を与えるというもの。火箸を当てられて火傷をしたと錯覚する(本編冒頭映像7分40秒より)という陰陽師の授業で習うものから、「開!」と言って空間を切り裂くもの、美しくも荒々しい火龍といった大迫力のものまで、“呪”は数多く登場する。
その多くはプロフェッショナルたちの腕が光ったハイクオリティなVFXと丁寧な演出で、映画を観ながらでも容易に理解できるが、自らを「呪術オタク」と形容する佐藤監督や呪術監修の加門七海による“呪”のルールがしっかりと存在するという。コメンタリーでは、「『ジョジョ(の奇妙な冒険)』のスタンドも呪術の世界をビジュアル化している」と人気漫画を引き合いに出しながら、佐藤監督と夢枕が共に“呪”の視覚的な表現について語る場面もあり、本作をより深く理解したい方は必見だ!
■何度も繰り返し観たい!華麗すぎるアクションシーン
見応え満点のVFXと双璧をなすアクションシーンは、平安貴族のイメージを覆すダイナミックさを携えたものばかり。なかでも見どころとなるのは、佐藤監督が「アクション監督の園村(健介)さんの世界」と形容する映画中盤にある陰陽寮からの脱出シーンだ。羽生結弦のスケートをイメージして作られたとのことで、山崎演じる晴明の優美で軽やかに敵をかわす動きは、アクションというよりも“舞”を踊っているかのよう。佐藤監督によるこだわり抜かれた表現が詰まっている本作だが、アクションシーンは撮影でのOKの判断から編集まで、園村を信頼して一任していたのだという。
さらにこの華麗なアクションシーンのあとには、馬を引いて駆ける博雅を追いかける晴明が、そのまま背後から馬に乗るシーンがある。このシーンを見た夢枕は「これすごいね」と脱帽。このシーンのほかにも馬がかかわるシーンは多くあり、撮影前に山崎と染谷が馬術レッスンを受けたのはもちろん、佐藤監督自身も馬の特性をつかもうと数年前から乗馬に挑んでいたのだという。その甲斐があって生まれた、さりげなくも見事なアクション。あまりに一瞬のことなので見逃してしまいかねないが、パッケージなら巻き戻して何度でもじっくり確認することができよう。
■山崎賢人&染谷将太の“最高のバディ”と豪華キャストにも注目!
若き日の晴明と博雅が、いがみ合いながらも互いを認め合い、しだいに友情を育んでいく“バディムービー”であることも絶対に外せない要素だろう。佐藤監督と山崎、染谷の3名は撮影前に演技ワークショップを行い、そこでは山崎と染谷の両者が、それぞれ博雅と晴明に役を入れ替えて演じることもあったそう。お互いのキャラクターについて知り尽くしているからこそこの抜群の関係が生まれたのであろう。プレミアム・エディションに収録されている本作のイベントでは、お互いについて“最高のバディ”と表現していたほどだ。
この2人のコンビネーションは本作の最大の魅力といっても過言ではなく、原作者の夢枕も大絶賛。特に火龍に襲われた博雅が手に火傷をしてしまい嘆くシーンについて、コメンタリーでは「ここはラブシーンだと思っている」と力説する。「(晴明は)『俺を信じろ』って2度言うんだよね。最初は信頼関係がなかったようなもんじゃない。でもここで『俺を信じろ』と言うのは、“アイ・ラブ・ユー”ということですよ」と、原作者独自の視点で2人の関係について言及。「監督は気が付かずにやっているけれど、これはそうです。ほろっときましたよ」と、佐藤監督の手腕を褒め称えていた。
この2人以外にも、徽子女王を演じる奈緒や、村上虹郎、板垣李光人といった若手の実力株。さらには安藤政信や北村一輝、國村隼、小林薫、さらには嶋田久作らいぶし銀俳優たちの演技合戦も見逃せないポイント。佐藤監督が「全員ラスボスっぽい人を集めました」と語るこのキャスティング。謎解き要素もある本作は、各登場人物の些細な表情の変化や行動にも注目しながら観るのがおすすめだ。1度目は謎に挑み、2度目は“ラスボス”となる人物の動きに注目しながら、そして3度目はほかの怪しげな登場人物たちの台詞や行動の真意をひも解いてみたり…。
■美術、衣装など、徹底した考証で具現化された平安文化
美術や衣装についても細部にまで目を凝らさなければ確認できないこだわりの数々が詰め込まれている。元々、本作の舞台設定でもある平安時代中期の美術について明確に記された資料は多く残されていなかったようで、佐藤監督は研究に研究を重ね、さらにそこから推察される情報やアイデアを加味しながら、各部門のスタッフと共に説得力のある平安世界を作りだしていった。そして、映画序盤の平安言葉を喋っていた登場人物たちが、現代言葉に切り替えられるという演出も含め、随所に平安時代の文化、ひいては“和”の文化全体への敬意が込められている。
オーディオコメンタリーでは、佐藤監督による詳細な説明でそれらを確認できる。平安中期は中国の唐風文化から国風文化へと移り変わろうとしていた時代のため、陰陽寮の建物をはじめ、公的な建物には唐風建築の影響がはっきりと残されている。また、陰陽寮の教室内で登場人物たちが土足で動き回っていることや、平安時代と聞いてイメージしづらい椅子と机を使って授業を受けている光景なども、当時の風俗に即して構築されていったものなのだという。
衣装も同様に、劇中に登場する平安貴族たちは皆、糊のきいていない柔装束を身にまとっていたり、特に決まりのなかった女性の装束は位が高くなるほど薄着になることなど、時代考証に忠実に再現されている。同時に晴明は“青”、博雅は“緑青”、徽子女王は“つつじ色”とメインキャラクターそれぞれにキーカラーが与えられ、色をもって彼らの特徴や役割、そして心情などが表現されていることも本作の衣装の特徴的な点。さらにアクションシーンのある晴明は、アクションシーン用とそれ以外のシーン用、2パターンの狩衣が用意され、どちらも自然素材の生地や伝統的な染色や織り方などが取り入れられているのだとか。
■映像特典は3時間超!封入特典もたっぷり
今回は本作の魅力をオーディオコメンタリーの一部と共に紹介したが、コメンタリーではほかにも夢枕が「陰陽師」の原点に語るトークや、佐藤監督による撮影の舞台裏などが次々と明かされている。時折本編の内容から脱線してしまう、佐藤監督と夢枕の関係性にも注目してほしい。もちろんこのオーディオコメンタリーはネタバレ満載なので、まずは一度まっさらな状態で本編を楽しんでから、2度目の鑑賞のタイミングでオーディオコメンタリー付きにするのがおすすめだ。
また、ブルーレイ&DVDのプレミアム・エディションには、メイキング映像や各イベントの模様など3時間を超える映像特典が収録。さらに24ページのフォトブックレットと5枚組の両面アートカードにクリアファイルなど充実した封入特典に、豪華シルバー仕様のアウターケース入りの永久保存仕様となっている。家のテレビで観ても息を呑むほどの美しさと迫力を味わえる本作をコレクションに加え、日本最高峰のスタッフが放つ映像世界を隅々まで堪能しよう!
文/久保田 和馬
※山崎賢人の「崎」は「たつさき」が正式表記
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