フェスの「洋楽離れ」が話題に
夏の音楽フェスが岐路に立っています。洋楽のビッグネームよりも、J-POPや、K-POPアイドルのほうが圧倒的に盛り上がっていたというのです。8月17日、18日に開催されたサマーソニックについて、『デイリー新潮』が報じています。
今回、「Beautiful」などのヒット曲で知られるクリスティーナ・アギレラが17年ぶりに来日を果たすも、客席の入りは微妙。若いファンで埋まったCreepy NutsやBE:FIRSTなどとは対照的な光景だったそうです。
ビヨンセやスティービー・ワンダーなど大物アーティストの出演でブランド価値を高めてきたサマソニの変わりようは、驚きとともに受け止められています。背景にあるのが“洋楽離れ”。アメリカやイギリスの音楽のチャートで占める割合が軒並み激減しているのです。2017年から2023年の間に、アメリカの曲がおよそ9割も減ったという衝撃の数字も。
J-Waveの“洋楽離れ”が引き金?
では、こうした現象はこの数年で急激に起きたことなのでしょうか?筆者はひとつの仮説を立てたいと思います。それは、J-Waveの“洋楽離れ”が引き金説です。
音楽系YouTuberでミュージシャンのみの氏の著書『にほんのうた音曲と楽器と芸能にまつわる邦楽通史』(KADOKAWA)の中で、日本のポップスのオシャレ化、つまりは洋楽化に大きな影響を与えてきたのがJ-Waveだと書いています。
実際、1988年の開局以来、J-Waveはほとんど洋楽、もしくは非日本語曲をオンエアしてきました。歌謡曲というしみついた体臭とは対極の、デオドラントな音楽を紹介し続けてきたのです。それがひと目でわかるのが、看板番組『TOKIO HOT 100』のチャートでしょう。
開局初年度の年間チャート、上位10曲を見ると、U2、ビーチボーイズ、ボン・ジョヴィ、ペット・ショップ・ボーイズ、デュラン・デュラン、カイリー・ミノーグ、ジョージ・マイケル、アニタ・ベイカー、フィル・コリンズ、UB40といった面々が。日本のアーティストでは久保田利伸「DANCE IF YOU WANT IT」の43位が最高で、あとは米米CLUB、ユーミン、爆風スランプ、氷室京介がいるのみ。
簡単に言うと、J-Waveはほぼ洋楽しか流さないラジオ局であり、その徹底した美意識がある時代の日本のポップスを形作るうえで欠かせない要素だったのですね。J-Waveのセンスに見合う日本語のポップスを作るために、洋楽のエッセンスを研究する。J-POPはそのように進化、発展を遂げてきたのです。
2000年に起きた“地殻変動”
ところが、この牙城が崩れる年がやってきます。2000年の年間チャートで、およそ半数近く40曲もの邦楽がチャートインしたのです。これにはJ-Waveを聞いてきた筆者も衝撃を受けました。日本の音楽受容が根っこから変わりつつあることを如実にあらわしていると感じたからです。
もちろん、日本のポップスが洋楽と並べて聞いても遜色ない仕上がりになったと言えるかもしれません。けれども、1997年は7曲、1998年では10曲、そして前年の1999年でも20曲だったことを考えると、2000年に地殻変動が起きたとしか言えないほどの激変ぶりです。
だから、近年言われているJ-POPのガラパゴス化とは、1999年から2000年の間に起きたJ-Waveのドラスティックな変化に端を発しているのだと思います。
J-Waveが洋楽を断念した背景とは?
では、J-Waveが洋楽を断念した背景には何があるのでしょうか?ひとつには、1990年代半ばにピークを極めた日本のCDバブルが挙げられます。小室ファミリーを筆頭に、ミスチル、ドリカム、B’zなどがこぞってミリオンヒットを連発した時代。市場規模が巨大化し、日本のアーティストとリスナーだけで経済圏が成立するようになったことです。“俺達だけでやってけるんじゃね?”という気運が音楽のジャンルで起きたのではないか。
売上の大きさと音楽の質を結びつけ、それを自信にしていった時代が、ちょうどこの頃なのです。LAの高層ビルの屋上でヘリを飛ばしてMVを撮影した華原朋美の「I’m proud」が象徴的です。洋楽に追いついて、ひょっとしたら追い越せるという期待がピークに達していたのですね。
同時に、渋谷系や本格的なR&Bを下敷きにした、サブカルチャーの豊かさを感じさせる音楽を楽しむ余裕もありました。
日本の音楽シーンが最も幸福な時代だったからこそ、そこで洋楽がスコーンと抜け落ちるきっかけとなった可能性です。これは一応良い面として押さえておきましょう。
2000年は「日本が斜陽の時代に入っていく最初の年」だった
その一方で、2000年はバブル崩壊から10年弱が経過した時期でもあります。戦後初めてデフレを経験したのも2000年ということで、いよいよ日本が斜陽の時代に入っていく最初の年だったのです。
経済の弱体化は輸入する力、意欲を削ぎます。音楽においては、洋楽から学ぶ余裕が失われてくる。お財布の事情、そして精神的にも鎖国せざるを得ないような状況がやってきたわけですね。これが見事にJ-Waveの状況と重なって見えるから面白い。
こうしてやむを得ず内向きになったことで、J-POPがガラパゴス化して唯一無二の個性を獲得した、と言うこともできるかもしれません。
けれども、失われた◯十年と表裏一体だと考えれば、J-Waveの洋楽離れは暗い側面も示していると理解する必要があるのです。
サマソニでの現象は、積み重ねの結果
つまり、今回のサマソニで見られた状況は、20年以上もの年月をかけて、日本から洋楽を聞く習慣が消滅していったことが積み重なっていった結果なのではないでしょうか。
そして、その背景には、頑固一徹洋楽至上主義を貫いていたJ-Waveというカルチャーが唐突にメルトダウンしたことがある。“洋楽を追っていなければまずい”という焦燥感でリスナーを動かすことができなくなった。
クリスティーナ・アギレラそっちのけで、Creepy NutsのBBBBに興じる光景は雄弁です。
それはいいことでも悪いことでもありません。素晴らしい音楽が英語でなければならない時代ではなくなっただけの話なのですから。
文/石黒隆之
【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。Twitter: @TakayukiIshigu4
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