1984年夏の甲子園〜PL桑田真澄のひと言に取手二ナインは奮起 どん底だったチームがひとつになった

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1984年夏の甲子園〜PL桑田真澄のひと言に取手二ナインは奮起 どん底だったチームがひとつになった

8月22日(木) 9:50

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1984年夏の甲子園〜元取手二・中島彰一が振り返るPLとの激闘(前編)

その時、取手二の中島彰一には、PL学園のエース・桑田真澄(元巨人)のボールの握りが見えたという。

まっすぐだ!

「投手のフォームのクセや配球の傾向、野手の動きなども常に洞察し、球種を察知するように心がけろ」

木内幸男監督からは、口酸っぱく言われている。それを常に頭に入れているし、何試合に1回かは、相手投手のテイクバック時に、くっきりと握りが見えることがあった。

この打席の3球目がそう。真っすぐの握りが見え、この球はファウルになったが、それが予備動作になったのか。4球目も握りが見え、真っすぐと確信。高めに抜けてきた球を1、2の3で大根切り気味に叩くと、打球はレフトスタンドに飛び込む3ラン本塁打となった。

1984年夏、PL学園との決勝戦で延長10回に決勝本塁打を放った取手二の中島彰一photo by Sankei Visual

1984年夏、PL学園との決勝戦で延長10回に決勝本塁打を放った取手二の中島彰一photo by Sankei Visual





【下馬評では圧倒的PL有利】1984年8月21日、第66回全国高校野球選手権決勝は、PL学園(大阪)と取手二(茨城)の組み合わせになった。下馬評では、圧倒的にPLが有利である。なにしろ、前年夏に1年生として優勝の原動力となったエース・桑田、4番・清原和博(元西武ほか)のKKコンビがさらに成長している。

この年のセンバツでは、岩倉に0対1で惜敗したものの準優勝。6月に茨城で行なわれた招待試合で対戦した時は、PLが13対0で取手二を子ども扱いしている。桑田は2安打で完封し、清原はバックスクリーンに特大の一発をぶち込んだ。

この大会でも、決勝までの5試合で清原は打率5割、享栄戦では1試合3本塁打という怪物ぶりを発揮し、桑田はほぼひとりで投げて防御率1.07と完璧だ。

前日、金足農(秋田)との準決勝では、1点を追う8回に桑田が逆転2ランを放ち、終盤での勝負強さも見せている。

だが台風の余波で、開始が30分あまり遅れた試合は、初回に2点を先制した取手二ペースで進んでいく。7回終了時点で4対1と、横綱を土俵際まで押し込んでいた。

「当時の茨城といえば、夏の大会でまだベスト8に入ったこともない、いわば後進県です。まして初めての対戦ならともかく、PLは一度、我々に楽勝している。ですから、多少の油断はあったんじゃないですか」

いま、社会人・日本製鉄鹿島で監督を務める中島は、そう振り返る。

事実かどうかはともかく、前夜PLの宿舎では、主将の清水孝悦が、閉会式で優勝旗を受け取るリハーサルまでやったとか。それが、相手にリードを許すのだから想定外だ。

だがさすがはPL、終盤にジワリと追い上げる。8回に2点を返すと、9回裏には先頭の清水哲がレフトにホームランを放ち、ついに4対4と同点に持ち込んだ。

この清水哲、準決勝まで代打での出場から8打数5安打と好調で、この日が初めての先発だった。それが土壇場で劇的な一発とは、過去のPLが見せてきた神がかり的な勝ち方そのものだ。

取手二も頑張ったが、やはりPLか。延長10回にもつれたとき、4万3000人のスタンドは、ほとんどPLの優勝を思い描いただろう。

10回表に飛び出した中島の3ランは、その空気もろとも、試合の流れをひっくり返した。結局、さらにもう1点を加えた取手二が、8対4。「後進県」の茨城勢として,初めての優勝を遂げることになる。

【夏前にあわや空中分解の危機】じつは......この夏の取手二は、優勝どころかチームが空中分解しかねない危機から始まっている。中島、エースの石田文樹(元横浜)、吉田剛(元近鉄ほか)らは83年のセンバツに2年生で出場し、この84年のセンバツでは、茨城勢としての大会最高に並ぶベスト8に進んでいた。

ただ春季関東大会は、主力を温存したとはいえ初戦負け。チームの流れは決してよくはない。木内監督は、リスタートのために主力選手に1週間の休暇を与えた。だが、なにかの行き違いがあったのか、メンバー外の選手もその間練習を休んだ。それに木内監督は激怒した。

「休んでいいといったのはレギュラーだけだ。レギュラーに追いつくチャンスのある補欠が休むとは......そんな補欠は、辞めてしまえ!」

メンバー外の選手に、クビを申し渡したのである。

主力選手たちは、これに反抗した。2年以上、苦楽をともにしてきた仲間にクビというのはかわいそうすぎる。もし撤回しないのだったら、我々も練習をボイコットします──。

実際に選手たちは2週間、練習に出なかった。6月になっていたから、夏の地方大会に向けて総仕上げをする大事な時期だ。そこでの練習ボイコットは、チームづくりに大きな狂いが生じかねない。「分裂寸前でしたね」と、中島は振り返る。

「仲間を思う気持ちとは別に、僕なんかは夏に備えて練習したかったですし、ヘタしたらこのまま高校野球が終わりかねません。だから『監督に頭を下げて戻ろうよ』と提案したんですが、『ひとりだけいいカッコすんな!』と険悪なムードになって......選手同士にも葛藤があったんです」

そのうち、あらかじめ組まれていたPL学園との招待試合の日が迫ってくる。放置しておくと本当に分裂してしまうギリギリの頃合いを読んだのか、ガマン比べも限界だったのか、木内監督が「招待した相手に失礼にあたるから、戻ってこい」と折れ、練習が再開された。分裂はなんとか回避されたわけだ。

【招待試合でPLに0対13と大敗】6月24日、PLとのその招待試合。ボイコットの間も、各自が個人練習を続けていたとはいえ、相手は横綱である。

「2週間も練習していなければボロボロですよ」と中島が言うように、ほぼ一夜漬けに近い取手二は、0対13で大敗を喫する。

試合後のことだ。顔見知りの地元紙の記者が、木内監督にこうささやいた。「PLの桑田くんが『これが茨城のナンバーワンのチームですか?』」と言っていましたよ。

それを耳にしたナインは顔色を変えた。当時の高校野球人気は若い女性にも浸透している。PL見たさのその女性ファンがたくさんいる前で屈辱的な負け方をしたうえに、1学年下の相手にそこまで見下されるとは。

「クッソー、見とけよ......」

翌日からの練習では、これまでに見たことがないほど全員が集中した。

(文中敬称略)

中編につづく>>

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