精神病院の廃墟を舞台にした『コンジアム』(18)が韓国で驚異的ヒットを記録し、“Kホラーの巨匠”と呼ばれるチョン・ボムシク監督の最新スリラー『ニューノーマル』が公開中だ。チェ・ジウ7年ぶりのスクリーン復帰作となり、共演にミンホ(SHINee)、P.O(Block B)ら豪華キャストを迎えた本作は、ソウルを舞台に身近な出会いの裏に潜む恐怖と絶望を描いている。
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本作の公開にあわせてボムシク監督がPRESS HORRORの取材に応じてくれた。聞き手を務めるのは、「第2回日本ホラー映画大賞」で大賞を受賞し、清水崇監督のプロデュースによる長編初監督作『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』(2025年公開)を完成させた近藤亮太監督。「イシナガキクエを探しています」「行方不明展」など、話題作の映像演出を次々と手掛けている気鋭の近藤監督が、演出家の先輩であるボムシク監督に、“恐怖”をいかに映画で表現するかについて訊いた取材の模様をお届けする。
■「映画を観ても怖さを感じず、“怖いシーン”で必ず笑ってしまうんです」
『ニューノーマル』で描かれるのは、ソウルを舞台に6人の男女がたどる奇妙な運命だ。女性ばかりを狙う連続殺人事件が多発し、世間を賑わせていたある日、マンションで一人暮らしをしているヒョンジョン(ジウ)の元に火災報知器の点検をしに来たという中年の男性が訪ねてくる。図々しく家の中に入ってくる怪しげな男性に不安を覚えるヒョンジョン。一方、デートアプリでマッチングした相手と待ち合わせをしているヒョンス(イ・ユミ)。しかし、そこに現れたのは思いも寄らない人物だった。交差する2つの出来事が予想だにしない結末につながっていく…。
――はじめに、チョン・ボムシク監督(以下、チョン監督)が『ニューノーマル』の制作にあたって企図したポイントを教えてください。
「私たちはみな、自分と他人とのあいだに法、規律、道徳からできた安全な壁があると信じて生きてきましたが、いまはその壁が崩れた時代だと思います。『ニューノーマル』では、その点を集中的に描こうと思いました」
――チョン監督はこれまでもさまざまなホラー映画を手掛けられていますが、恐怖を演出するうえで大切にしているポイントは、どのようなところでしょうか。
「どうすればより進化した恐怖を表現できるか、いままでとは違うものになるかを考えています。ホラー映画というのは人間が本来持っている恐怖心を呼び起こすものですよね。優れたホラー映画というのは、恐ろしい状況を描いたうえで、どうしてそうなったのか、という理由が描かれ、人間の本能や人類の歴史を振り返り、吟味することにつながるものだと考えています」
――“人間の怖さ”と“超自然的な怖さ”では、怖さの種類が異なると思うのですが、それぞれをどのように演出されていますか。
「人間の怖さを演出するには、誇張をせず地に足のついた演技で、意外な状況をうまく描写することが重要です。超自然的な怖さを演出するには、視覚的、聴覚的なシーン設計と編集の呼吸が重要だと思います」
――超常現象を扱った『コンジアム』も非常にリアルな手触りの作品でした。
「超常現象を扱う作品では、特にリアリティが重要だと考えています。俳優たちが感情の誇張を極力抑えられるよう、実際にリアルな恐怖を感じてもらうようにしています。そのために、俳優たちをさまざまなアプローチで刺激しているんです」
――具体的にどのような方法を採られたのでしょうか?
「『コンジアム』の劇中で、シャーロットというキャラクターが病院の外に逃げたはずが、超自然的な現象によって気づけば病院に戻っている、というシーンがありました。この撮影の時、演じたムン・イェウォンが実際に山を走ったのですが、怖がっている表情がどうしても上手く撮れなかったんです。それで、私が実際に後ろから追いかけてみることにしました。そうすることで、恐怖を感じている演技が増幅できたと思います」
――監督自身が追いかけてらっしゃったんですね(笑)。
「そうなんです(笑)。大切なのは、単に走るのではなく『私はいま世界で一番怖い存在なんだ』と思いながら、相手の俳優と同じように演技をすること。変な目で見られるでしょうが、そういう気持ちでディレクションをするのが大事ですね」
――作品を作っていて、”怖くできているかどうか”はどのように判断していますか?
「端的に言えば、私が笑うかどうかを基準にしています。私の価値基準として、怖い話など文章は怖いと感じるのですが、映画を観ている時はほとんど怖いと感じないんです。映画はすべて作りものだとわかっているから、怖いシーンで必ず笑ってしまうんです。だから撮影中も、私が緊迫したシーンで笑い出すので、周りのスタッフから変な目で観られていました(笑)。でも、大体そういうシーンはうまくいっていて、映画館でも観客の皆さんが怖いと言ってくれます」
■「鬼ごっこやかくれんぼといった児戯には、恐怖の要素を感じます」
――北米を中心とするA24作品や北欧ホラーなど、世界各国でアート要素が強かったり、奇抜な設定のホラー作品が生まれていますが、現在のホラーシーンをどのように見ていますか?
「私のデビュー作である『1942奇談』は“美しくて悲しいホラー”と評価されました。 ホラー映画と一口に言っても二つに分けられます。エンタテインメント性の強い、アトラクション性の強いもの。もう一つは、永遠に消えない衝撃を与えるような強いイメージや状況を羅列したもの。後者は好き嫌いが分かれると思いますが、ホラー映画も様々な分化が進んでいるようです。私はポジティブな変化が起きていると思います」
――『コンジアム』のような、POV形式で描く恐怖表現の魅力はどのような点にあると思いますか?
「実際に存在するような臨場感ではないでしょうか。監督の立場からすると、普通の劇映画よりもモキュメンタリーを上手く作るほうが難しいと思います」
――映画を作るうえでの原体験、ルーツのようなものがあれば教えてください。
「幼いころ、親戚の弟たちと集まって遊んだ原始的な恐怖を感じさせる児戯、そしてヨーロッパや日本の古典芸術映画が私の映画作りのルーツだと思います」
――原始的な恐怖を感じさせる児戯というのは、どういった内容なのでしょうか?
「恐らく世界中であまり違わないと思います。いわゆる鬼ごっこやかくれんぼですね。私の甥っ子や姪っ子はアメリカにいるのですが、アメリカにも似たような遊びがあります。隠れながら鬼を探したり、タッチされたら鬼になったりというものです。追いかけられる側からすれば、子どもながらに恐怖すると思います。また、日本にも韓国にも『だるまさんが転んだ』という遊びがありますよね。これにも恐怖を感じる要素があります。そういう子どものころの遊びは、ホラー映画のいいアイデアになることが多いです」
――先ほど、ホラー映画にはほとんど恐怖を感じないと仰っていましたが、ボムシク監督自身の根源にある恐怖の対象を教えてください。
「私の個人的な恐怖心についてですか?それは教えられませんね(笑)」
――残念です(笑)。では、これまでに怖かったホラー映画があったら教えていただけますか?
「できるだけ怖さを感じやすくするために、わざとみんなが寝静まった夜中に高性能のヘッドホンで観たりするのですが、そうして観たなかでも忘れられないのが、劇場版『呪怨』です。伽耶子が階段をゆっくり這い下りてくるシーンを観て思わず笑ってしまったのですが、私が笑うということは怖かったということです。あのシーンはとても印象に残っています」
――ありがとうございました。では最後にもっともお気に入りのホラー映画を教えてください。
「その日の気分によって変わってくるんですが…今日の気分で言うと『ジョーズ』と『エイリアン』ですね!」
取材・文/近藤亮太
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