8月9日(金) 12:00
ドラマ『アナウンサーたちの戦争』(NHK)が2023年8月に放送されてから、一年。このたび劇場版として全国公開されるにあたり、主人公の伝説のアナウンサー・和田信賢を演じた森田剛は「あらためて、この作品に参加できた喜びを感じています」と心中を教えてくれた。
太平洋戦争時におこなわれていた、アナウンサーたちによる電波戦を描いた本作。この物語は、決してフィクションではない。かつて実際に起こっていたことだ、と史実を噛み締めながら、和田の思いやプレッシャーを追体験した森田。撮影当時のことを振り返ってもらいながら、和田信賢をどう捉えているかを含め、言葉の持つ重みについて問いを投げてみた。
太平洋戦争時、アナウンサーたちはラジオに乗せる言葉の力で、国民の戦意を高揚させろ、という国の意図を背負っていた。いわゆるプロパガンダに加担していたことになる。
実在したアナウンサー・和田信賢を演じるにあたり、脚本や資料を読み込んだ森田は「彼のように、嘘のない言葉を話す人を演じることに、興味があった」という。
「本編で出てくるセリフのように、和田さんは『虫眼鏡で調べて、望遠鏡で喋る』を、そのまま地でいくような人なんです。徹底的に調べる。人に会う。話を聞く。聞いた言葉を噛み砕いて、自分の言葉で喋る。そんなふうに『嘘のない言葉にこだわった』人だからこそ、誰よりも傷ついて、悩んで、葛藤した。そんな和田さんを、いまの自分なら表現できるんじゃないかと思いました」
なぜ、いまならできると思ったのか。一言でいうなら「直感だった」という。男性アイドルグループ・V6として、歌手やタレント、俳優活動を並行し、2021年から独立した森田。「いろいろ経験したうえで、なんというか、痛みを知って……それを強さに変えることに、興味がわいたのかな」と、まさに自分の言葉を探しながら話してくれる。
「和田信賢さんって、ぐちゃぐちゃなんですよ。もう、中身がボロボロなんです。それでも、自分が信じた言葉を一生懸命、世のなかに伝えようとする姿に、心を打たれたんだと思います」
伝説のアナウンサーとして名が知れている和田信賢を演じたことで、森田が痛感したのは「言葉の重み」だった。
「和田さんはアナウンサーだから、実際に喋るときはマイクに対峙しています。でも、その言葉は、マイクの向こう側で聞いている人たちに発されているんです。自分の言葉を電波に乗せる。それを受け取る人がいる。怖さしかないですよね。和田さんの心境はもちろん、それを聞いている人たちのことも想像しながら演じていました」
役との巡り合わせは、俳優としての運にも関わる。どの作品に携わり、どんな役に恵まれるかは「自分ではコントロールできないところ」としつつも、演出の一木正恵の計らいによって和田信賢を演じられたことに、森田は感謝の言葉を繰り返した。
「いまの僕を見て、和田信賢を演じられる、と思ってくれたこと。それを信じてくれたこと。さまざまな幸運が重なって、この作品に参加できたと思っています」
出陣学徒壮行会の実況シーンに込めた思い和田信賢が出陣学徒壮行会を実況するシーンは、『アナウンサーたちの戦争』を語るうえで外せない場面のひとつだ。森田自身も「忘れられない、思い出がたくさん詰まったシーンです」と振り返る。
「学徒出陣は、学生たちと本音のやり取りをしたあとの出来事でした。だからこそ、自然と和田さんに近い気持ちになって、撮影に臨めたシーンだったと思います。僕自身は、もっと遠くから撮るシーンだと思っていたんですが、実際には学生たちがすごく近くにいました。普通なら、大きく声を張り上げれば学生たちに届くような距離に和田はいたけれど、でも、必死に叫んでも届くことはないという気にさせられました」
戦争で命を落とした国民のため、当時おこなわれていた「招魂祭」を再現したシーンもある。マイク越しに「母さん」と呼びかける和田の声は、まさにすぐ隣で、魂となったはずの夫や息子から語りかけられているように、深く響く。
「一木さんのこだわりが、とくに強く見えたシーンでした。僕としては、やりすぎでいいや、くらいの感覚だったんです。感情をどんどん声に乗せて、完全に“その人になりきる”つもりで。それこそ和田さんは憑依型のアナウンサーだったと思うので。」
声に説得力を持たせる森田が演じる和田の声には、説得力がある。聞いていると、この人は本心でこう考えているんだ、という気になる。どのように当時のアナウンス技術をなぞっていったのだろうか。
「92歳の大ベテランアナウンサー、50歳の現役アナウンサーのお二人のもとで、すべてのアナウンスシーンを練習しました。クランクイン前、『森田さんが表現する和田さんでいいんですよ』と言ってもらえて、嬉しかったですね。最低限、当時のアナウンス技術に乗っ取りつつ、でも、和田さんを完コピするのではない。あくまで森田さんの表現でいいんですよ、と言ってもらえたのは、和田さんのアナウンスの真骨頂でもある『自由』を体現しているようにも思えて、演じるうえで自信に繋がりました」
独特の深み、説得力としか言えない磁力のようなものを声に乗せるために、意識したのは「音程、トーン」だという。
「たとえば招魂祭のシーンでは、若くして亡くなった兵士が両親に語りかけるように、17歳くらいの気持ちを意識して、少し高めのトーンに。声の高さや低さ、張り方、あとは声を発しながら目線をどこに向けるかなど、一木さんのこだわりも踏まえながら、やらせてもらいました。」
森田演じる和田の声がリアルに染み渡るほど、かつて日本でおこなわれていた、どうしようもない現実に、言葉がなくなる。森田自身、当時のアナウンサーが感じていたであろう、葛藤や理不尽な思いを表現することに対し「エネルギーが必要だった」と述懐する。
「当時に生きていた人たちみんな、これから戦争が起こるんだとは思ってもいなかったはずですし、この先に何が待っているかなんて、想像もできなかったはずです。でも、現代を生きる僕たちは、どんな悲惨なことが起こるか、そのすべてを知っている。真実に対して集中し、そこに自ら触れていこう、という感覚でいました」
2023年8月に放送されてから、一年越しに公開される劇場版では、描ききれなかった細部まで含め、より深く当時のアナウンサーたちの苦悩が浮き彫りにされている。
当時、オリンピック開催予定地だった場所で、出陣学徒壮行会を開催することの意味。スポーツと戦争が結びつけられる、途方もない違和感。ドラマ版とは違う、新たな『アナウンサーたちの戦争』が、ここにある。
失敗した姿も、見せていく言葉の重みを否応なく痛感する本作において、和田信賢を演じた森田は「言葉の信用性を担保するもの」をどう解釈しているのだろうか。
「少し今回の作品とは離れちゃうかもしれませんが、人の本心は目に出ると思っています。だからこそ、実際には姿が見えないにも関わらず、ラジオから聞こえてくる和田さんの声に魅了された人がたくさんいたなんて、驚異的ですよね。声だけで人を引きつけるって、凄まじいことですよ。和田さん自身が、嘘をつきたくないと心から思って、言葉を大事にし続けた人だったからこそ、聞くひとにちゃんと伝わったんだと思います」
森田が「信じよう」と思えるのは、スタッフ然りキャスト然り、ともにものづくりをする人たちの言葉。「僕も、自分をわかってもらえるように気をつけています」と、日ごろ携わる現場で意識していることを教えてくれる。
「一言でいうと、何事も一生懸命やること。それは恥ずかしいことかもしれないし、失敗もするかもしれない。とくに失敗したときに一生懸命になるって、より難しいことだと思うんですよね。なんとなくやっていればバレないことも、一生懸命やっているからこそ、バレてしまうものだから。でも、そういう姿も恥ずかしがらずに見せていくことが、信頼につながるんだと思います」
ドラマや映画など、映像制作の現場は短期決戦だ。限られた時間で、お互いにどんな人間かもわからない状態で、ものづくりをする。そんな、ある意味“限界”な状態で大切なのは、お互いの信頼関係のために適度な自己開示をすること。「役を演じる前に、一人の人間ですからね」と話す森田の言葉には、これまでの経験に裏打ちされた説得力が滲む。
「この作品をきっかけに、当時おこなわれていたことを知る方も、大勢いらっしゃると思います。当時のアナウンサーの方々それぞれに信念があって、それらはすべて間違っていない。和田さんだって、自分の言葉で人を楽しませたいっていう気持ちが根底にあったはずなのに、気づいたら取り返しのつかないことになっていた。全員が熱い思いを持っていて、信念をぶつけ合っているにも関わらず、どうにもならないことがある。世代を問わず多くの方に観ていただきたいですが、とくに若い世代の方に観てもらって、何か感じ取ってもらえたらいいな、と思う作品です」
『劇場版 アナウンサーたちの戦争』は8月16日(金)より全国公開。
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©2023NHK
配給:NAKACHIKA PICTURES
撮影/奥田耕平、取材・文/北村有、ヘアメイク/TAKAI、スタイリング/松川総
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