8月5日(月) 20:30
20世紀初頭のロンドンという時代背景を象徴するかのように、舞台上ではガス灯の光がゆらめいている。その光はライムライト―電灯以前に舞台照明として用いられていた石灰灯―であり、またカルヴェロとテリーにとっては人生を照らす光でもあるだろう。人の心の温かさと人生のほろ苦さとを感じさせる、極上のヒューマン・ストーリー『ライムライト』。チャールズ・チャップリン監督・製作・脚本・主演の映画から生まれた音楽劇が開幕。初日に先立って、前日の8月2日にゲネプロが行われた。
熟成された人間ドラマを奥深い歌声で味わう1914年のロンドンで、かつて人気芸人だったものの今は落ちぶれてしまったカルヴェロ(石丸幹二)は同じフラットに済むテリー(朝月希和)がガス自殺を図ろうとしていたところを救い出す。彼女はバレリーナの道をめざす自分を姉が街娼をして支えてくれていたことを知り、そのショックで足を動かせなくなっていた。なんとか彼女を舞台に戻したいと心を配るカルヴェロに対して、テリーは徐々に心を開いていく。
そんな中、再起をかけた舞台での失敗に苦しむカルヴェロを目の当たりにしたテリーは、思わず立ち上がり足を踏み出す。1年後、再び踊るようになったテリーはエンパイア劇場のオーディションを突破。彼女はかつて淡い想いを抱いた青年・ネヴィルと、プリマドンナと作曲家として再会する。自分を救ってくれたカルヴェロを愛し、結婚を望むテリーに対して、カルヴェロは若いふたりが結ばれるようにと姿を消すのだが……。
2015年に初演され、2019年に再演、今回が3演目となる本作。カルヴェロを演じる主演の石丸幹二、またオルソップ夫人の保坂千寿、ボダリンクの植本純米、ポスタントの吉野圭吾、ダンサーの舞城のどかは皆3演連続での出演。それだけに、安定感のあるチームワークを感じる。細部で“今現在の彼ら”だからこその微調整も加えられていることも感じさせ、それも加味したうえで熟成された味わい深い芝居を堪能できる。
その中にフレッシュな風を吹き込むのが、テリーとネヴィルのふたり。2015年は野々すみ花と良知真次、2019年は実咲凛音と矢崎広、そして今回は朝月希和と太田基裕。それぞれに自分の持ち味を活かした演技を見せてくれる若手枠、とでも言えるだろうか。朝月・太田コンビは繊細な表現の中に芯の強さを感じさせる佇まいが魅力的。ある意味相通じる部分があるテリーとネヴィルだからこそ、カルヴェロもふたりが結ばれるべきと考えて身を引こうとすることに説得力がある。
また、同じく今回初参加のダンサー役・中川賢も、アンサンブルとして多くの役柄をこなしつつダンスシーンで本領を発揮。おおらかでしなやかな動きを見せつつ、リフトの安定感や堂々とした立ち姿も目を惹いた。
そして何より心に残るのは、円熟味を増した石丸のカルヴェロの多彩な表情だ。全盛期の舞台と、自分が人気スターであることを自覚しているが故の傲慢さと、その後の挫折による痛々しさ。長年の付き合いであるオルソップ夫人との息の合ったかけあい(実際に劇団時代からの長い付き合いであるふたりだからこその絶妙さが心憎い)や、テリーに見せる優しさとその反面の厳しさ、ネヴィルに対しても嫉妬を見せることなく彼を大切にする姿。カルヴェロは、年老いた自分が若い彼らに何をしてあげられるのかを考え、スポットライトから外れるかのようにそっと去っていこうとする。まさに人生の酸いも甘いも知った人間だからこそ、という奥深さが、ベルベットのような歌声にのせて届けられるのだ。このようにしみじみと心に染み入る感動を覚えるのは、音楽劇というあり方だからこそ。文字通り、石丸のはまり役のひとつだとあらためて実感した。
この先の人生を導く光と、人生の最後に見つけた光作中に登場する「ライムライトは魔法の光、愛する君のため輝く光」という言葉。まさにカルヴェロはテリーの光となって、彼女を救い、そしてこの先の彼女の人生を導く光であり続けるに違いない。それと同時に、カルヴェロにとっても彼女は人生の最後に見つけた光だったのだろう。そんな、幸福な余韻にひたりながら劇場を後にすることができる、本当に幸せな作品だと思う。
音楽劇『ライムライト』は、8月18日(日) まで東京・日比谷シアタークリエにて。その後大阪、大分に巡演。
「皆さんには、どんな言葉が響くでしょう」石丸幹二、朝月希和、太田基裕コメント■石丸幹二
「ライムライト」に寄せて
60代のチャップリンが演じた老芸人カルヴェロ。ちょび髭をつけず、山高帽もかぶらず、素顔のまま。今、私の頭は彼の言葉であふれ、心は彼の精神に満たされています。
「ライムライトの魔力、その光の中にスターは誕生する。その光からスターは去って行く」。
このセリフに接するたび、瞳を射る強烈な光や、穏やかに包み込む光を感じ、時には熱く高らかに、時には深く染み入るように語っている自分に出会います。
皆さんには、どんな言葉が響くでしょう。劇場で感じてください。
■朝月希和
今、胸がドキドキし高鳴ります。命の意味、生きる勇気、自分の価値を、カルヴェロによって見い出すバレリーナ役をいよいよご披露します。思いやり、支え合い、そして自立。人生のどん底でも消せなかった舞台への思いを、心に残る台詞、お芝居、歌、そしてバレエを通して演じます。この舞台に携われる感謝を込めてお届けします。
■太田基裕
『ライムライト』には喜劇や悲劇、様々なエッセンスが絶妙なニュアンス、バランスで描かれているような気がします。
ネヴィルという役を通して、生きる活力、瑞々しさ、苦さも含め、噛み締めながら演じられたら幸せに思います。
観劇される皆様の心に、あたたかい何かが寄り添い届く事を願います。
千穐楽までよろしくお願いいたします。
取材・文・撮影:金井まゆみ
<公演情報>
音楽劇『ライムライト』
原作・音楽:チャールズ・チャップリン
上演台本:大野裕之
音楽・編曲:荻野清子
演出:荻田浩一
出演:
石丸幹二
朝月希和太田基裕
植本純米吉野圭吾保坂知寿
中川賢舞城のどか
ヴァイオリン:岸倫仔
リード:坂川諄
アコーディオン:佐藤史朗
ピアノ:荻野清子
【東京公演】
2024年8月3日(土)~8月18日(日)
会場:シアタークリエ
【大阪公演】
2024年8月23日(金)~8月25日(日)
会場:梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
【大分公演】
2024年8月31日(土)・9月1日(日)
会場:別府国際コンベンションセンター(B-Con Plaza)