ミュージカル『RENT』が日本で初演されたのは、オフ・ブロードウェイで伝説的な幕開けを迎えた2年後の1998年。すでに世界的に大きな話題となっていた作品の日本初上演とあって、ニュース番組に取り上げられるなど注目度も高かった。このとき物語の狂言回し的役割を担う映像作家を目指すマークを演じたのが、当時21歳の山本耕史さん。
「『RENT』は、今の自分という俳優を作ってくれたといっても過言じゃないくらい、大きなターニングポイントになった作品でした。26年前…キャストの中で僕が一番年下で、周りの共演の方々はほとんどみんなミュージシャンだったんです。今でこそミュージシャンで俳優もされている方は多いけれど、当時、ミュージシャンの方が舞台でお芝居をすることってほとんどなかった。そういう意味でも、結構衝撃的な初演だったと思います。あのときのカンパニーは、全員が自分の歌や自分のパフォーマンスに確固たる誇りを持っていて、お互いにそれを主張してぶつかり合う、みたいな雰囲気があって。そのなかにいて、僕も負けちゃいけないぞってすごく気負って虚勢を張っていた記憶があります。それでもミュージカルを作るというところで、一番年下の俳優である僕についてきてくれる空気もありました。今の舞台って、全員が手を取り合って作り上げていくイメージだけど、あのときはみんなが戦い合いながら作品のうえでひとつになる感じというか。でもそれがすごく『RENT』っぽかったんですよね」
そんなキャストたちの熱量に、作品そのものが持つパワー、そして迫力ある歌の力…。それらが見事に合致し、初演は大きな反響を呼び、すぐ翌年に再演が決まったほど。なかでも山本さんのマークは、さまざまなタイプの楽曲を歌いこなす歌唱力、軽妙かつ情緒ある芝居、スマートな身のこなしで観客の心をとらえた。今回、そのマークを26年ぶりに、しかも日米合作として海外キャストに交じって演じるというのだからすごい。
「この26年の間に何度も、夢の中で、自分が『RENT』の舞台に上がっている姿を見ていました。それだけ自分の中で生き続けている作品なんです。今回の出演が発表されたときは、当時のことを知っている人たちからの反響がすごかったです。僕のマークを見て舞台俳優を目指しました、と言ってくれている人たちもいますし。たしかに驚いたとは思いますが、逆に、当時を知らない人にとっても驚きだったんじゃないでしょうか。なにせ、日米合作と言いながら、日本から参加するのは僕とクリスタル ケイちゃんだけで、あとはみんな来日キャストですからね。もうやることはないだろうと思っていた『RENT』をまたやれるということに『ありがとうございます』という嬉しさと同時に、今は、どうなるんだろうというドキドキだったり、お客様はこの日米合作をどう楽しんでくれるんだろうという興味だったり、いろんな気持ちが交じり合っています」
上演のスタイルは海外招聘版と同じく英語で、日本語字幕が出る形でおこなわれる。もちろん山本さんも全編英語だ。
「26年前も僕にとってはチャレンジングな作品でしたけれど、またもこの作品は僕に大きなチャレンジを与えてくるんだなと思っています。日本語では演じた経験のある役ですし、物語はもちろん、どこの場面でどういうことが巻き起こるのかも、すべて理解はしています。ただそれを表現する言葉が違うとなると、感情をどこでどう表現したらいいのか、言葉の壁をどの程度越えていけるのか、自分にとっては今までで一番大きなハードルかもしれません。今、先生について発音の勉強もしていますけれど、パフォーマンスをするうえで、言葉や発音にばかり囚われてしまうのもよくないので、そこでのバランスをうまくとって演じられたらとは思っています」
貧しいながらも夢を追いNYに暮らす若きアーティストたちを描いた『RENT』。その物語のなかでマークは、ゴシップを扱うニュース番組からスカウトを受け、自身の作家性と目の前にぶら下げられた大きなチャンスとの間で悩む役柄。
「マークと、彼のルームメイトであるロジャーのふたりは、この作品の作者であるジョナサン・ラーソンを投影させた人物だと思うんですよね。アーティストとして、自分の音楽を追求しているロジャーに対して、マークは、自分を傍観してこのままでいいのかと悩む。自分の感情にまっすぐに生きている仲間たちのなかで、彼だけが感情を抑えて一歩引いた視点でいるんです。作品の冒頭でも、マークひとりだけ舞台という額縁の外に出てきて、観客に語りかけるんです。そこから自分も物語の中に入っていくんですけど、いつの間にか周りの仲間たちは、自分自身の物語を歩き始めていて、彼だけが取り残されていく状況になる。最終的にはマークもそこを突き抜けてゆくわけなんですが、精神的に旅をする役柄なのかなと思っています。初演は、良くも悪くも怖いもの知らずでやっていましたけど、今は、ここまでやったら失敗するなとか、こうすれば成功するけれど面白くないなとか、自分の中に選択肢が増えています。それはいいことでもあるけれど、あの頃の後先を考えずに突っ走れる強さがこの作品と合致した部分もあったと思うんです。当時の勢いには敵わないですが、初めて英語で演じるということで、自分の中で新たなビッグバンが起きたらと期待しています」
作品自体、さまざまなボーダーを超え、普遍的な愛を描いた物語だが、今回さらに人種や国境、そして言葉の壁も越えての上演となる。
「きっと今回のカンパニーで、僕が一番年上になると思います。とはいえ、この作品を演じるうえで絶対に必要とされるエネルギーだったり躍動感というものは、大丈夫だと言える自信はあります。ただ、前回『RENT』をやり終えた後、この作品以上にのめり込めるものが見つからずにもがいていた時間がかなり長くありました。今回、再び『RENT』をやることで、また自分の中にあのときのような葛藤が生まれるのかもという心配もあるんです。26年前にこの作品で広げてもらった自分の風呂敷が、ここで閉じるのか、それともまた新しく開くのか…自分のベクトルがどっちに向いていくのか、僕自身も今は全然想像がつかないんですけれど(笑)」
『RENT』とは?
世紀末のNY。映像作家を目指すマークは家賃も払えない貧しい生活をおくっていた。共に暮らすロジャーはHIV陽性で、恋人を失ったことで引きこもりの日々。貧困やエイズなど、さまざまな困難を抱えながらも夢を追い、愛を求め生きる若者たちの姿を描いた群像劇。
日米合作 ブロードウェイミュージカル『RENT』8月21日(水)~9月8日(日)東京・東急シアターオーブ、9月11日(水)~15日(日)大阪・SkyシアターMBSS席1万6500円、A席1万2500円、B席9500円(東京のみ)、エンジェルシート8000円(販売方法はHPをチェック)キョードー東京 TEL:0570・550・799(11:00~18:00 、土・日・祝日10:00~18:00)
やまもと・こうじ1976年10月31日生まれ、東京都出身。幼い頃から映像や舞台で活躍しており、ミュージカルへの出演も多数。現在、出演映画『キングダム 大将軍の帰還』『もしも徳川家康が総理大臣になったら』が公開中。
バングル¥50,600(セモー/ビューロー ウエヤマ TEL:03・6451・0705)その他はスタイリス卜私物
※『anan』2024年8月7日号より。写真・古水 良(cheekone)スタイリスト・笠井時夢ヘア&メイク・佐藤友勝取材、文・望月リサ撮影協力・バックグラウンズ ファクトリー
(by anan編集部)
【関連記事】
山本耕史×磯村勇斗同性愛カップル役の『きのう何食べた?』撮影裏話
磯村勇斗「あんな猛獣は大変だと思う (笑) 」 『きのう何食べた?』で愛されキャラに!
山本耕史「モノマネになってはいけない」志尊淳と明かすドラマ撮影裏話