第76回カンヌ国際映画祭と第28回釜山国際映画祭に公式出品され、4部門にノミネートされた百想芸術大賞ではキム・ヒョンソが新人演技賞に輝いた『このろくでもない世界で』(公開中)。このたびメイキングやインタビューを収めた貴重なメイキング&コメンタリー映像が到着した。あわせて、強度のある韓国ノワールに魅せられた、西田尚美や岩井志麻子ら映画人や識者のコメントもまとめてご紹介!
【写真を見る】傷だらけながらも笑顔を見せるソン・ジュンギとホン・サビン
暴力がはびこる地方の町で、貧困にもあえぐ18歳の少年ヨンギュ(ホン・サビン)と、彼の絶望漂う瞳にかつての自分を重ねた裏社会の男チゴン(ソン・ジュンギ)。傷だらけの2人が交錯した時、彼らの運命は思わぬ方向へ猛スピードで走り出す。義理の妹・ハヤン(キム・ヒョンソ)を守るため、暴力事件を起こし、高校を停学になったうえ、示談金まで求められたヨンギュは、18歳の若さにして、どこにも行き場がないこの世の行き止まりにぶち当たってしまう。そして地元の犯罪組織のリーダー、チゴンを頼らざるを得なくなり、彼のもとで犯罪に手を染めていく。
メイキング&コメンタリー映像では、出演者のホン・サビン、ソン・ジュンギ、キム・ヒョンソと、キム・チャンフン監督を含めた4名が、撮影時の印象や本作のキャラクターについて説明している。
ホン・サビンは本作で長編初主演となるが、監督はオーディションの際「初めて会った時、言葉にできない独特な雰囲気がありました。台詞を聞きながら、彼がヨンギュだと思いましった」と語る。ソン・ジュンギは、ホン・サビンのことを「元々実力のある舞台俳優として有名」だから知っていたという。映画のなかでも「俺のことは“ヒョン”(兄貴)だと思え」と兄弟のような間柄で徐々に通じ合う2人。現場でもその兄弟関係を築いたようで、激しいアクションの撮影の後などは、カットがかかるや否やソン・ジュンギはすぐにホン・サビンを抱き寄せ「痛かっただろう」とハグをする優しい兄貴の瞬間が収められている。
また、ヨンギュの義妹ハヤン役を演じ、百想芸術大賞では新人演技賞を見事受賞したキム・ヒョンソについて、ソン・ジュンギは「いろんな方法で自分を表現するアーティスト。全てを備えた人」と大絶賛。監督も「強烈なエネルギーとタフなイメージ。常に圧倒されました」と賛辞を惜しまない。また、ホン・サビンは「すごくファンだったので、緊張しました」と主演らしからぬ微笑ましいコメントをしている。
そんな新人離れしたキム・ヒョンソも舌を巻いたのが、さすがはグローバルスターであるソン・ジュンギだ。「おお、ヒョンソ!と優しく言っていた方が、急に目つきが一変するので鳥肌が立ちました」と語る。一触即発なヒリヒリした物語とは異なり、実際にはお互いをリスペクトし合うクリエイティブな現場だったようだ。ほかにも、傷跡の特殊メイクを施す様子や、撮影時の貴重な裏側をたっぷり見ることができる映像となっている。
また、社会格差の闇を描き続ける韓国映画界から、キム・チャンフンという新たな才能も発掘された。監督、脚本を務めた彼は、本作が初の長編監督作となった。実話ではないものの、監督自身が社会で苦労した経験をエッセンスとして盛り込み、身体的痛みと心の叫びが渾然一体となった脚本に惚れ込んだソン・ジュンギがチゴン役を熱望したことから、この企画が本格的に動き出したという。
ソン・ジュンギは「これは韓国映画界に絶対に必要なプロジェクトだと信じていたので、参加する機会をいただけて感謝している」と出演理由を語っている。チゴンの属する犯罪組織の門戸を叩くほかなかったヨンギュは、仕事という名の“盗み”を働き、徐々に憧れのチゴンに認められていく。ヨンギュ役に扮したのは映画初主演のホン・サビンだ。この役を勝ち取るまでに3度のオーディションを経たという。そして、ヨンギュの義妹ハヤン役に同じく新人のキム・ヒョンソ。彼女は百想芸術大賞では新人演技賞に輝いた。アーティストとして、BIBI名義で韓国ではもちろんアメリカのラジオ市場を席巻、Mediabaseトップ40のポップラジオチャートで20位以内にチャートイン、さらには「コーチェラ」で2度ステージに上がるなど、めざましい活躍を見せている。
長編デビュー作のキム・チャンフン監督というフレッシュなメンバーのなか、「ヴィンチェンツォ」「財閥家の末息子〜RebornRich~」『ロ・ギワン』(24)で主演を務め、視聴率が「愛の不時着」を超えたと話題沸騰のテレビドラマ「涙の女王」にヴィンチェンツォ役としてカメオ出演。最近では小栗旬、赤西仁出演のNetflixシリーズ「ロマンチックアノニマス」への特別出演も発表されるなど、飛ぶ鳥を落とす勢いのグローバルスターであるソン・ジュンギが果たした役割は大きかった。「トキメキ☆成均館スキャンダル」「太陽の末裔」で女性ファンを夢中にさせて以来、常にトップスターであり続けたジュンギが、大きく作り上げた体躯に生々しい傷を全身に刻んだ犯罪組織のリーダーという、これまで目にしたことのない姿で登場する。表情や声のトーンまで徹底的に変身させて、チゴンというキャラクターを時に大胆に、時に繊細に演じ切った。その渾身の演技と若手チームとの協働がカンヌ国際映画祭&釜山国際映画祭へ導いたと言えるだろう。
『このろくでもない世界で』には、すでに映画を鑑賞した著名人や識者のコメントも寄せられている。ここではその一部をご紹介。ぜひ新味な韓国ノワールを、大スクリーンで本作を堪能してほしい。
■<著名人コメント>
●西田尚美(俳優)
「誰かの優しさも呑み込まれて、それでも人はそこに居続ける。逃げても逃げてもその先は闇。バイクの後ろに乗ったハヤンが 振り返る姿が印象的。ふたりはどこに向かうのか」
●サムギョプサル和田(あやまんJAPAN/エンターテイナー)
「純度の高い強烈なノワール映画。ラストに向けて衝撃が立て続けにドンドコやってきて
『あぁ、こんなろくでもない世界で、、』と私もやるせない涙が流れました」
●長野智子(キャスター/ジャーナリスト)
「人は生まれ育つ環境を選べない。息が詰まるような閉塞感から抜け出だそうとして、わずかに与えられた優しさにすがっても、また沼に足をとられるかのように墜ちてゆく。
主人公の抉れた傷から溢れ出る血は心の叫びと慟哭に重なって、観ている者に痛みが突き刺さってくるようだ。その果てに 主人公が選んだ希望に涙がとまらなかった」
●野島裕史(声優)
「まさに、ろくでもない世界でしか生きざるを得ない二人、少年・ヨンギュと犯罪組織のリーダー・チゴンとの出会いによって生まれるリアル且つ、胸を締め付けられるような物語。繊細が故に内面を表現するのがとても難しい役でもあるチゴンを見事に演じ切ったソン・ジュンギさん。彼の演技を若い頃からつぶさに観てきた僕としては、さらに深まる役者としての飛躍と変貌を感じさせられた作品だと思います。皆様もぜひご覧ください!」
●下田桃子(MOVIE WALKER PRESS編集長)
「希望はおろか、絶望することも許されない、暴力と非情を煮詰めたノワールムービー。
この企画に惚れ込んだソン・ジュンギの覚悟が全編に満ちているようで、彼が韓国映画界に送り込んだ新鋭監督と俳優たちのフレッシュな才能が爆発している。それこそがこの映画の持つ希望なのかもしれない」
●立田敦子(映画ジャーナリスト)
「たったひとりでも心を通わせることができる人がいたなら、たったひとりでも守りたい人がいたなら、人は命を繋ぐことができる。真っ暗な人生の中で、一筋の光があたる奇跡の瞬間を鋭い刃のようなこの作品は見事に浮かび上がらせた。新人監督キム・チャンフンの登場は韓国映画界の層の厚さを証明した」
●高橋諭治(映画ライター)
「偶然の出会いが逃れられない宿命へと変わり、絶望の町を生きる主人公たちの悲劇が加速していく。バイオレンスとエモーションが渾然一体となった韓国ノワールの様式を取り入れ、その密度と強度を極限まで追求した一作だ」
●岩井志麻子(作家)
「隅にいる人はその世界の全体を見渡せると言われているが、彼らにとっては隅こそが真ん中で、暴力と絶望と貧困だけを真摯に見ている。世界のどこかにあるはずのぬるい楽園へたどり着こうとせず、半端な愛や小さな救済を求めず、彼らは強く真っ直ぐにろくでもない世界の真ん中にい続けられるのは、たいしたものだ」
文/山崎伸子
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