7月15日(月) 12:00
「ヒトラー南米逃亡説」をモチーフに作られた映画『お隣さんはヒトラー?』が、7月26日(金) に全国公開される。ことしは、5月、6月だけでも『関心領域』『ONE LIFE 奇跡が繋いだ6000の命』『フィリップ』といった、ナチス/ヒトラーの残虐さを独特な表現方法で描く作品が登場しているが、本作はそれらと比較しても、キラリと光る逸品。よく練られたミステリーの仕立てで、デヴィッド・ヘイマンとウド・キアの怪演も加わり、ほんのりコミカル。これまでにない後味をかみしめながら劇場をあとにできる。この夏、おとなを満足させる出色の一本だ。
『お隣さんはヒトラー?』ヒトラーが南米で生きていた!?そんな都市伝説が、まことしやかに語りつがれている。多少眉唾ものの説も入った『ヒトラー 狂気の伝説』(宝島社)という本によると、「ヒトラーは飛行機でベルリンを脱出したあと、Uボートで南米に逃れ、パラグアイとアルゼンチンを経由して、ブラジル奥地のノッサ・セニョーラ・ド・リブラメントという小さな町に移住した」という。ヒトラーは「アドルフ・ライプツィヒ」と名乗り、95歳まで生きていた、という説まである。
1945年4月にベルリンで自殺して燃やされたヒトラーの遺骸が、炭化していて「本人確認ができなかった」という事実に端を発した、風聞だ。
しかし、ホロコーストの中心人物のひとり、アドルフ・アイヒマンが南米アルゼンチンに潜伏していて、1960年にイスラエルの情報機関モサドに拘束されたのは、歴史的事実である。この映画は、まさにその年を舞台にしている。
ストーリーはこんな感じ。
ナチスのホロコーストで家族を失い、南米コロンビアの人里離れた土地で家族の思い出とともに孤独に暮らす老人ポルスキー(デヴィッド・ヘイマン)の隣家に、突然、ドイツ人のヘルツォーク(ウド・キア)が引っ越して来た。時折秘書のような女性は来るし、風体はいかにもお金持ち、夜になってもサングラスをかけ、謎めいた雰囲気をもつ男だ。
あるとき、ポルスキーはそんなヘルツォークの素顔をみて強い衝撃を受ける。その男の鋭い青い目は、ヒトラーに酷似していたのだ。1934年に開催された世界チェス選手権の会場でヒトラーとすれ違った鮮明な記憶があるので、間違いない。そこから、ポルスキーは、妄執にとりつかれたように独自観察を始めるのだが……。
監督はイスラエルのレオン・プルドフスキー。脚本は監督と脚本家・ドミトリー・マリンスキーによるオリジナルだ。男ふたりの激動の人生が、終盤に差し掛かり運命的に交差するさまをミステリータッチに描いていく。
ポルスキーを演じたデヴィッド・ヘイマンは、イギリスの人気TVシリーズ『ロンドン警視庁犯罪ファイル』の主演を10年以上にわたって務めた人気俳優。
ヘルツォーク役のウド・キアといえば、アンディ・ウォーホルが企画制作した怪奇映画『悪魔のはらわた』『処女の生血』で名をなし、デンマークの巨匠ラース・フォン・トリアー作品によく出演する、怪優中の怪優。ナチスの残党が月に秘密基地を建設する“トンデモ映画”『アイアン・スカイ/第三帝国の逆襲』(監督:ティモ・ヴオレンソラ)でもヒトラー役を演じている。
謎を解いていくミステリーのスリルと恐怖はそのままに、ふたりのやりとりが多少コミカルなところが、この映画の魅力だ。
デヴィッド・ヘイマンは本作を「『裏窓』と『ラブリー・オールドメン』 を足して2で割ったような作品だ」といっている。
アルフレッド・ヒッチコックの『裏窓』は、主演のジェームズ・スチュアートが、隣のアパートを望遠カメラでのぞき見しているうちに事件にまきこまれる。『ラブリー・オールドメン』は、家が隣り合ったジャック・レモンとウォルター・マッソーの漫才風な“いがみあい”が魅力。
そんな仕立てでふたりの人生が浮き彫りになっていくのだから、実によくできている。しかも、こんな結末になるなんて……!
文=坂口英明(ぴあ編集部)
【ぴあ水先案内から】
中川右介さん(作家、編集者)
「……歴史のなかのほんの小さな亀裂をうまく利用したストーリーに感服した。90分程度と短いのもいい……」
高松啓二さん(イラストレーター)
「……黒バラの花言葉は、憎しみと永遠の愛。ある意味ホロコースト映画のアンサー映画のように思えた。意外にも深いコメディである。」
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