西洋正典の起点 トロイ戦争を女性たちの眼と声で語り直す

西洋正典の起点 トロイ戦争を女性たちの眼と声で語り直す

西洋正典の起点 トロイ戦争を女性たちの眼と声で語り直す

5月1日(水) 6:00

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女たちの沈黙『女たちの沈黙』(早川書房)著者:パット・バーカーAmazon |honto |その他の書店
英米文学では「語り直し」ブームが続いている。名作を土台に語り手や舞台設定を替えて新たな物語を紡ぎだすという手法だ。多くは女性や弱者の視点で語り直される。なかでも題材になることが多いのは、シェイクスピア劇、そしてトロイ戦争だ。トロイ戦争はヘレネを奪われた古代ギリシャ人が仕掛けた戦いであり、ホメロスをはじめ多くの作家をインスパイアし、それが西洋の「正典」の起点になってきたのだ。ヨーロッパ文学は二人の男が一人の少女を取り合ったことに始まる、というある作家の言葉が『女たちの沈黙』冒頭に引用されているが、これはまさしく『イーリアス』のことだ。

つまり、女性が原因で起きた戦いで、女たちは黙殺され続けた。『女たちの沈黙』は、トロイ戦争の英雄(男性)たちが剣をふるって戦い、女性を戦利品として遣り取りする陰で、声を与えられず沈黙を強いられてきた女性ブリセイスらの目と声で語り直す。奪われた女性たちはなにを感じ、なにに抗(あらが)っていたのか。奴隷の屈辱より死を選ぶ者もいれば、艱難の末に生きることを選ぶ者もいる。女と一括りにできない多様な生がそこにはあるのだ。

【書き手】
鴻巣 友季子
翻訳家。訳書にエミリー・ブロンテ『嵐が丘』、マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ1-5巻』(以上新潮文庫)、ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』(河出書房新社 世界文学全集2-1)、J.M.クッツェー『恥辱』(ハヤカワepi文庫)、『イエスの幼子時代』『遅い男』、マーガレット・アトウッド『昏き目の暗殺者』『誓願』(以上早川書房)『獄中シェイクスピア劇団』(集英社)、T.H.クック『緋色の記憶』(文春文庫)、ほか多数。文芸評論家、エッセイストとしても活躍し、『カーヴの隅の本棚』(文藝春秋)『熟成する物語たち』(新潮社)『明治大正 翻訳ワンダーランド』(新潮新書)『本の森 翻訳の泉』(作品社)『本の寄り道』(河出書房新社)『全身翻訳家』(ちくま文庫)『翻訳教室 はじめの一歩』(ちくまプリマー新書)『孕むことば』(中公文庫)『翻訳問答』シリーズ(左右社)、『謎とき『風と共に去りぬ』: 矛盾と葛藤にみちた世界文学』(新潮社)など、多数の著書がある。

【初出メディア】
毎日新聞 2023年2月18日

【書誌情報】
女たちの沈黙著者:パット・バーカー
翻訳:北村 みちよ
出版社:早川書房
装丁:単行本(457ページ)
発売日:2023-01-20
ISBN-10:4152101989
ISBN-13:978-4152101983女たちの沈黙 / パット・バーカー
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