AF(人工親友)の生は私たちのそれとどこが違うのか?AIが問う人間の本質

AF(人工親友)の生は私たちのそれとどこが違うのか?AIが問う人間の本質

AF(人工親友)の生は私たちのそれとどこが違うのか?AIが問う人間の本質

4月17日(水) 6:00

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クララとお日さま『クララとお日さま』(早川書房)著者:カズオ・イシグロAmazon |honto |その他の書店

◆AIが問う人間の本質
人間は太古から、死による己の消滅に対抗し、死への恐怖を紛らわせてきた。その手段の一つが、自らの似姿を造ることなのではないか。自分たちの生きた証を壁画に残し、人形(ひとがた)を作り、生のありようを歌や劇に模す。そうした素朴な模造は進化し、精緻な機械仕掛けの人形や人造人間が文学の中でも構想されてきた。

いま、現実社会でも、高性能ロボットやAI(人工知能)にある程度、人間の代わりをさせている。その一方、生命の誕生から、身体の機能拡張、延命処置に至るまで、生老病死をコントロールし、「命」や「人間」の定義を変えつつある。

『クララとお日さま』は全編がAIロボット単独のモノローグで展開する回想小説だ。舞台は、イギリスではないどこかの英語圏。AF(人工親友)と呼ばれる人間の子どもの遊び相手となる「クララ」が販売店に並んでいるところに「推定十四歳半」の病弱な女の子「ジョジー」がやってきて、クララにひと目惚れをする。

クララは高い観察・思考能力と豊かな感情を有し、つねに店のショーウィンドウや家の窓を通して世の中を見ている。これは、いくら高度な知能と情緒をもつAFでも、その視界と知覚は「窓」=フレームに囲われており、人間と酷似しながら本質的には自由のない存在であることを象徴するものだ。この落差の残酷さと哀切をイシグロは先行作『わたしを離さないで』のような静謐な筆致で描きだす。ほんの小さな眼差しの動きや姿勢が運命を物語る。ひたすら主人に尽くすクララの語り口は、『日の名残り』で過去を回顧する老執事を想起させもするだろう。

この国には、国民を二分する格差の壁が生じており、就学や就業にも大きな差がつく。ジョジーは優位な側におり、彼女と幼い頃から近くで育った少年「リック」は逆側にいる。この若い恋人同士はなにかを約束しあっているが、壁に引き裂かれそうになる。

ふたりの理屈っぽくありながら稚気を帯びた言いあいは、身分違いで結ばれない『嵐が丘』のキャシーとヒースクリフを彷彿させた。ジョジーとリックという名前や、丘の麓(ふもと)の野原にぽつんと建つふたりの家、ジョジーをリックが見舞う場面なども、そう感じさせた理由かもしれない。

大人たちはジョジーの病弱さを乗り越えるためにある策を講じるのだが……。ここで彼女を絵のモデルとする肖像画家が登場。ローティーンのジョジーとふたりきりで過ごす間、画家は彼女の姿を描かず、写真を撮るだけだ。村上春樹の『騎士団長殺し』の主人公と隣家の少女の設定にそっくりなのは、ひょっとしてイシグロの茶目っ気だろうか?

今の医学技術をもってすれば、人間の命を「継続」させることもできる。「生」の境界はどこにあるのか? もっといえば、個人はなにをもってその特定の個人となるのか? 「器」を取り換えてもある人の同一性は保持されるのか? AIに精神や信仰はあるのか?

イシグロは本作でも、私たちとは異質な存在の精神世界を書くことで、逆に、人間の最も普遍的な部分に触れようとしている。AFの生は私たちのそれとどこが違うのか? その問いに直面したとき、本作の最奥にある核心は姿を現し、だれもがそこに自分の姿を見いだしてはっとするだろう。

【書き手】
鴻巣 友季子
翻訳家。訳書にエミリー・ブロンテ『嵐が丘』、マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ1-5巻』(以上新潮文庫)、ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』(河出書房新社 世界文学全集2-1)、J.M.クッツェー『恥辱』(ハヤカワepi文庫)、『イエスの幼子時代』『遅い男』、マーガレット・アトウッド『昏き目の暗殺者』『誓願』(以上早川書房)『獄中シェイクスピア劇団』(集英社)、T.H.クック『緋色の記憶』(文春文庫)、ほか多数。文芸評論家、エッセイストとしても活躍し、『カーヴの隅の本棚』(文藝春秋)『熟成する物語たち』(新潮社)『明治大正 翻訳ワンダーランド』(新潮新書)『本の森 翻訳の泉』(作品社)『本の寄り道』(河出書房新社)『全身翻訳家』(ちくま文庫)『翻訳教室 はじめの一歩』(ちくまプリマー新書)『孕むことば』(中公文庫)『翻訳問答』シリーズ(左右社)、『謎とき『風と共に去りぬ』: 矛盾と葛藤にみちた世界文学』(新潮社)など、多数の著書がある。

【初出メディア】
毎日新聞 2021年3月27日

【書誌情報】
クララとお日さま著者:カズオ・イシグロ
翻訳:土屋 政雄
出版社:早川書房
装丁:文庫(496ページ)
発売日:2023-07-19
ISBN-10:4151201092
ISBN-13:978-4151201097クララとお日さま / カズオ・イシグロ
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