昔からある伝統的な食が、現代的に生まれ変わり、一躍トレンドに――こんなムーブメントが世界各国で起こっている。
“元ネタ”が古くても、一周まわって新鮮に感じるようになる。長所は保ちつつ、新しいコンセプトや価値を付けることで、往年のファンはもちろん、Z世代をはじめとした若い消費者にも愛される存在へと変貌するのだ。
この現象は
「伝統モダナイズ(伝統のモダン化)」
と呼ばれていて、さまざまな業界でみられるものだが、
今回はその中でもスイーツでの例をいくつか紹介したい。
伝統菓子「薬菓」は、なぜ韓国で流行したのか
2023年、韓国で
「薬菓(ヤックヮ)」
というスイーツがヒットした。薬菓はもともと、蜂蜜や小麦粉、水、食用油、酒などを混ぜ合わせて花の形にし、油で揚げた韓国の菓子だ。やさしい甘さの中にシナモンの香りがほのかに漂い、原材料から何となくイメージできるように、食感はしっとりとしたドーナツのような感じである。
おやつや祝事の際の供え物として長年親しまれてきた伝統菓子である薬菓だが、昨今では洋風の焼き菓子と組み合わさった、新しいスタイルのスイーツに変身。
洋菓子であるクッキーやフィナンシェの上に薬菓が乗ることで「映え系スイーツ」となり、2023年はSNSで一躍注目の的になった。
流行の初期には、小さな薬菓をトッピングしたクッキーやタルトが多かったが、夏頃からは薬菓の形を残さず、その風味を活かしたドーナツやドリンクも登場し、バリエーションは増加の一途をたどっている。
大手コンビニからブームに火が付く
この“現代版薬菓トレンド”の背景には、韓国で数年前から続く
「ハルメニアルブーム(おばあさんが食べるようなものやファッションをミレニアル世代が好む現象)」
の影響がある。おばあさんが好みそうな味として、これまではゴマやヨモギを用いたスイーツが流行してきたが、その流れで薬菓を現代的に生まれ変わらせたものが続々と登場している。
トレンドを加速させたのが、
コンビニが発売したオリジナルの薬菓スイーツである。
韓国の大手コンビニチェーン「CU」や「GS25」が人気カフェとのコラボなどによって商品化し、3,000ウォン(約330円)以下という手頃な価格設定もあり、学生でも購入しやすいことがヒットの要因となった。
また、原材料におから(豆腐などを作る際に発生する副産物)を使用することで、アップサイクルの観点からも優れた商品が登場。ドイツで開催された食の展示会「ANUGA(アヌーガ)」でも世界中から熱い視線が注がれた。
なお、
現代風にアレンジされた薬菓スイーツの流行によって、本来の伝統的な本来の薬菓の人気も再燃していることを付け加えておく。
中国の「タンフル」は日本でも注目される存在に
次に、
「タンフル」
の事例も紹介したい。もともとタンフルは、旬のフルーツを飴でコーティングした「糖葫蘆(タンフールー)」という中国の伝統的なスイーツである。
これが韓国に持ち込まれた際、飴の部分をさらに薄くしてイチゴやみかん、シャインマスカットなどと一緒に提供するスタイルにアレンジされた。飴のパリパリとした食感と冷たい果物のジューシーさ、鮮やかで愛らしいヴィジュアルが支持され、たちまち注目が集まるように。
ポイントは、
飴を薄くすることで聴覚に訴求したという点だ。
見た目や味だけでなく、食べる時のパリパリとした咀嚼音まで楽しめると、YouTubeでASMR動画が多数アップされている。これがSNSで話題を呼び、特に小学生から20代の若者に絶大な人気が出た。
韓国で流行ったスイーツは、時間差で東京の新大久保などからブームに火が付く傾向がある。それもあってか、2023年には日本でも注目される存在だったのは記憶に新しいところだ。
「和のフレーバー」で独創的で新感覚なスイーツに
アジアばかりではない。北米や欧州、オセアニアでも伝統モダナイズのスイーツトレンドは見られる。 オーストラリアには
「Lamington(ラミントン)」
という、キューブ型のスポンジ生地をチョコレートコーティングし、ココナッツをまぶした伝統菓子がある。
このラミントンも現代風に進化して人気になっているが、そのアレンジのヒントとなっているのが、和のフレーバーである。発端になったのは、シドニーのポップアップストアからスタートした「Tokyo Lamington」というスイーツ店だ。
柚子、黒胡麻、きなこ、抹茶などといった和を感じさせるフレーバーを用いて、ラミントンを独創的で新感覚なスイーツに仕上げた。
この斬新なテイストが現地で話題となり、勢いそのままにメルボルンに2号店を出店した。
その他、キットカットや紅茶のLipton、ジンなどのアルコールブランド、スキンケアのHADA LABOといった異業種とのコラボ商品も頻繁に発表している。 また、以前は地産地消のコンセプトを取り入れ、オーストラリアの先住民族アボリジナルの伝統的な食文化であるブッシュタッカーのフルーツを使用した商品を発表したこともある。
オーストラリアの伝統菓子に、和のフレーバーといういわば自国の外からヒントを得て新しい商品を作る。それに加え、先住民族、つまり自国の内からも要素を取り入れて現代風に商品作りをしているのも、
広い意味での伝統モダナイズと言える。
世代間を超えた食の流行が各国で見られる
他にも、イギリスでも紅茶の時間に楽しまれているケーキ(ヴィクトリアスポンジなど)で同様の現象が見られるし、中国の月餅もスターバックスとコラボするなど新しい解釈をした商品が生まれている。
もちろん、スイーツだけに留まらず、料理や飲料なども世界各地で伝統を元にした新しい商品が生まれ、昔から親しみを覚えているシニア層から、若者までが注目している(もちろん、パッケージデザインや打ち出し方は工夫しなければならないが)。
各国で連綿と続いてきた食の伝統には、長く続いてきたなりの理由がある 単純に美味しかったり、飽きが来なかったり、健康に良かったりと、さまざまだが、いずれ忘れ去られていくのはあまりにもったいない話だ。
伝統的なものに現代的な要素を入れることで食文化の活性化を促す伝統モダナイズは、今後も引き続き食の世界で注目のキーワードであると言える。
<TEXT/澤村建造>
【澤村建造】
グローバル・フードアナリスト。海外マーケティングリサーチに強い株式会社TNCに所属。これまでに約50か国訪れた経験を活かし、主に海外のフードトレンドや伝統食などを中心に、マーケティングやリサーチを行う。その情報を元に、企業、業界団体、教育機関、展示会などにおいて、毎月さまざまなテーマで食に関するセミナー等を実施している。趣味は都内にある世界各国の料理店巡り
【関連記事】
・
不二家「ケーキ食べ放題」気づけば料金が3倍に…。店舗で“実食レポ”した本音
・
大量閉店「サンマルクカフェ」が陥った“想定外の事態”。地方と都市部で異なる課題に苦しむハメに
・
多すぎて選べない!最安400円台のロイヤルホストのモーニングは“圧倒的豪華”だった
・
「ドトール」と「スタバ・コメダ」で明暗分かれる。“一杯300円の喫茶店”は中途半端な存在に
・
ドリンク1杯で280円分の食事がタダに!コメダ珈琲「お得なモーニング」を実食レポ。食べ方アレンジも