なぜ『イン・ザ・ハイツ』の評価はわかれるのかラテン系のステレオタイプと多様性

なぜ『イン・ザ・ハイツ』の評価はわかれるのかラテン系のステレオタイプと多様性

4月4日(木) 17:00

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2024年3月31日、惜しまれつつもサイトが閉鎖されることになったWebメディア「Wezzy」。そこで掲載されていた記事の中から、OHTABOOKSTANDで「やさしい生活革命――セルフケア・セルフラブの始め方」を好評連載中の竹田ダニエルさんのコラムを、竹田ダニエルさんと「Wezzy」編集部の許諾を得た上、OHTABOOKSTANDでアーカイブしていくことになりました!今後は貴重な論考をOHTABOOKSTANDにてお楽しみください。

※本記事は2021年8月17日に「wezzy」に公開されたものを転載しています。

映画業界、特にハリウッドでは、長年「Representation」の問題が議論されている。日本語では「多様性」と置き換えられる場合が多いが、直訳するならば「代表・表象」すること、つまりは「現実の社会に存在する多様性を描く」ことについての議論が行われており、その過程で人種、ジェンダー、セクシュアリティなどさまざまな面での「多様性」が映画作品の中で描かれることが重視されるようになってきているのだ。

今年のアカデミー賞を例に挙げれば、『ミナリ』の作品賞ノミネートやSteven Yeun(韓国系)、Riz Ahmed(パキスタン系)の主演俳優賞ノミネート、『ノマドランド』のChloé Zhao(中国系)の監督賞受賞、H.E.R.(フィリピン系)の「Fight for You」の歌曲賞受賞など、アジア系に対するヘイトクライムがアメリカでも大きな話題になっている中、アジア系の活躍がこれまで以上に評価され、注目された。

男性中心的、そして白人至上主義的と言われていたハリウッドのこうした変化は、大きな進歩と言えるだろう。

それでもなお課題は残っている。例えば「韓国系移民のアメリカ物語」を描いていたことで大きく話題になった『「ミナリ』は、アメリカを舞台にした映画であるにもかかわらず「外国語映画」として扱われゴールデングローブ賞の作品賞を逃している。今まで前提とされてきた白人中心的な「アメリカンドリーム」の描き方、そしてその評価の仕方に対して多くの疑問が提示された。

NYのラテン系を描いた『イン・ザ・ハイツ』

「多様性」をキーワードに今大きな話題を集めているのが、トニー賞受賞のブロードウェイ・ミュージカルの劇場版映画『イン・ザ・ハイツ』だ。

ミュージカル『ハミルトン』で知られるプエルト・リコ系アメリカ人のリン=マニュエル・ミランダが作詞をつとめ、監督は中国系アメリカ人のジョン・M・チュウ(『クレイジー・リッチ!』)が担当した。

2008年にブロードウェイで初演されてから高い評価を得て、トニー賞を受賞したこの作品の劇場版は、ニューヨークにあるワシントンハイツのラテン系住民たちの生活や夢、そして家族やコミュニティの重要性について、鮮やかな色彩とエネルギー溢れるミュージカルシーンを用いて描いている。

幼少期にアメリカに移住した主人公はドミニカ共和国に移住することを夢みたり、コミュニティの期待を背負って大学に進学したり、新しいキャリアを掴むためにコミュニティを離れるか迷ったりと、作品はラテン系アメリカ人一世をはじめに、より良い生活を求めてニューヨークに辿り着いた移民たちのストーリーが中心となっている。

「ラテン系」であることと「アメリカ人」であることのアイデンティティーの共存、そして伝統的な文化やルーツを大切にする一方で、ニューヨークという場所で新たに生まれる機会や出逢いについて愛を込めて描写している上に、「ドリーマー法」(不法移民への強制国外退去を延期する法律)など、ラテン系コミュニティに影響を与えている時事問題にも触れている。

生い立ちにプライドを持ったキャラクターが生き生きと描かれており、そしてラテン文化やコミュニティの生き方をリアルに描いたメインストリームな作品は、多くのラテン系移民にとって珍しく感じたそうだ。

ライターのKarla Rodriguezは「 ‘In the Heights’ and the Importance of Seeing Ourselves on the Big Screen 」(COMPLEX)で、

「『イン・ザ・ハイツ』は、ラテン系住民の表現という点では、これまでに見たことのないような大作であり、これまでに得られたような賞賛と注目を受け続けることを願っている」

と絶賛している。

文化へのリスペクトに欠けるという批判

本作を絶賛しているのはKarla Rodriguez氏だけではない。この作品はトライッベカ・フェスティバルの初日にワールドプレミア上映された直後から批評家から高い評価を得ていた。

一方で、実際にワシントンハイツで生活する人々の人種を反映していないと、批判の声も多く集まっている。

『the GW hatchet』の「 “In The Heights” does a disservice to Latinx culture (”In The Heights “はラテン系文化に対して失礼だ)」 での批判を紹介する。

筆者のKarina Ochoa Berkleyの主張をまとめると以下の通りになるだろう。

作品の中でアフロ・ラテン系の人々や女性が重要な意味をもって登場しなければ、ブラウン系がアメリカ社会から排除されてきた歴史を描くのは難しいはずだが、『イン・ザ・ハイツ』では明らかにそれが見られなかった。一人のキャラクターをのぞいて主役の俳優にアフロ・ラテン系はおらず、またアフロ・ラテン系の女優たちは、ステレオタイプな、性的な描写で描かれていた。

つまり、ミランダが描くラテン系の人物像は、目新しさのないアメリカ中心的な価値観に一般化されたものであり、白人コミュニティを楽しませるために、ブラウン系のコミュニティをエキゾチックにしたり風刺したりするようなものだ。こうした描写は排除と抵抗の歴史を消し去るものであり、「文化の盗用」を呼び起こす。

以上、Karina氏が指摘する違和感や問題提起は、人種差別や格差などの社会問題を題材として扱っている映画だからこそ、向けられるべき妥当なものだと考えられる。ラテン系コミュニティのエンパワメントとして掲揚されている作品が最も抑圧されている当事者をさらに蔑ろにしたり、文化を軽薄に扱うようでは、実際に存在している苦しみを解消することは不可能だ。

「学ぶ」ための手段として映画を観るのであれば、その学びの対象である異文化や人種に対して自分がどのような偏見を抱いているのか、自覚的になる必要がある。また、作品の中での「わかりやすさ」を追求するために根本的な問題を切り捨ててしまうのも、あまりにももったいないことだろう。『イン・ザ・ハイツ』に対する批判から学び、未来に向けて一歩進んだ観客の能動性が喚起されることが期待される。

肌の色の薄い人が活躍する世界

この議論の中心は、「カラーリズム」という根深い問題にある。カラーリズムとは「肌の色が黒い人に対する偏見や差別のことで、一般的には同じ民族や人種の間で行われることが多い」とされており、日本国内での「美白」に対する執着や肌の色が薄い黒人が音楽業界で活躍しやすいことなどが例として挙げられる。

Karina Ochoa Berkleyも指摘しているように『イン・ザ・ハイツ』においても、実際のワシントンハイツはアフロ・ラテン系が多数であるにもかかわらず、作品内で主人公を務めるほとんどの役者が肌の色が薄い、あるいは白い俳優ばかりなのだ。

映画が公開された翌週、リン=マニュエル・ミランダは謝罪の文章をインスタグラムで投稿した。

「私は、自分たちが作った映画に対する信じられないほどの誇りと、自分たちの欠点に対する説明責任の両方を保持したいです。忌憚のないご意見に感謝します。今後のプロジェクトでは、より良いものを作ることを約束します。また、多様で活気に満ちたコミュニティを尊重するために、私たち全員が学び、進化していくことに専念します」

と述べている。

アメリカで一般公開された後の週末にはこの作品とカラーリズムをめぐる議論がTwitter等で繰り広げられた。主な発端は、アフロキューバン人ビデオプロデューサーであるフェリーチェ・レオンが行ったインタビューでの監督や役者の発言だ。

「『In The Heights』が公開されましたが、多くの方がお気づきのように、この映画には主役の黒人ラテン系の人々が不足しています(ただし、黒人ダンサーやヘアサロンの黒人女性はたくさん登場します、おかしいですよね)。」

In The Heights is out, and as many of y’all have noticed there’s a lack of leading Black Latinx ppl in the film (though there are plenty of Black dancers & Black women in the hair salon—go figure) See the problem?! Here’s my interview with the film’s cast & director, Jon M. Chu

Felice León(@_FeliceLeon)June 12,2021https://twitter.com/ FeliceLeon/status/1403385160989560834?ref_src=twsrc%5Etfw%7Ctwcamp%5Etweetembed%7Ctwterm%5E1403385160989560834%7Ctwgr%5Edcdfdf1393321c7e8be8786b6c6f2467c6385ffb%7Ctwcon%5Es1 &ref_url=https%3A%2F%2Fwezz-y.com%2Farchives%2F92802

彼女は「Representation」を求めているマイノリティたちの心境を代弁するように、「黒い肌のアフロ・ラテン系の主人公たちはどこにいるのか?」という 質問を投げかけた

「レオンが受け取った答えは満足のいくものではなかった。

『キャストを検討する際には、その役に最適な人材を探しました』と監督のチュウは言う。彼は、美容院のナンバー “No Me Diga “でダンサーやエキストラとしてアフロ・ラテン系が登場していたことを挙げた。彼が提示したこの「最も才能のある者だけがこれらのキャラクターを演じるために選ばれた」という答えは、特に痛烈なものだ。というのも、カラーリズムの問題の一部は、肌の色が暗い人たちはそもそもチャンスを否定されることが多い。つまり、肌の色が薄い、あるいは白い俳優は、オーディションを受ける前から、肌の色が暗い俳優よりも多くの仕事を履歴書に書くことができるし、経験を積んでいる可能性が高い。肌の色が暗い俳優が傍流に追いやられることは珍しくない。

『In The Heights』は、ラテン系を多く作品に起用するという意味では一歩前進したかもしれないが、他の多くの人々を置き去りにしたままだった。また、有色人種の俳優を雇わない言い訳として、「その役に最適な人を起用しているに過ぎない」という言葉は、白人の映画製作者たちによって使われている歴史がある。」

カラーリズムがアジア系に与える影響

有色人種の俳優たちが歴史的に、実力があるにもかかわらず作品では脇役などでしか活躍できず、現在に至るまでハリウッドから排除され続けてきた問題はアジア系にも大きな影響を与えている。

エンターテインメント業界における、人種差別に基づく体系的な排除や抑圧に関する批判は、例えば同じチュウ監督の作品『クレイジー・リッチ!』に対しても向けられた。本来は人種的に多様な国であるシンガポールを舞台にしながらも、ほとんど東アジア系(特に中国系)の俳優しか登場しないことが問題視された。シンガポールの人口の約13.4%はマレー系、そして9%がインド系であるにも関わらず、映画内ではこのような「ブラウン系」アジア人は裕福な中国人に使える脇役でしか登場しないのだ。

ハリウッド映画がアジア人に対する有害なステレオタイプを助長し続けていることも、アジア系に対するヘイトクライムが今年の春に相次いで発生した際に問題提起された。

2019年の年間興行収入上位100本の映画に登場するアジア人、アジア系アメリカ人、太平洋諸島人(API)のキャラクターの4分の1以上が、映画の終わりまでに死んでおり、1人を除いて全員が暴力的な死を遂げるということが統計からわかった。ハリウッドにおいて、アジア系に対して「永遠に外国人」というような陰湿なイメージを増幅させるために登場人物が誇張されたアジア系のアクセントで話したり、英語を理解していないように描かれたりしていることも憂慮されるべきだと批判されている。アジア人女性が過剰に性的に描写されていることなども、欧米の映画業界においてなかなか消えない、有害な表現方法の使い回しだ。

参考: https://www.huffpost.com/entry/asian-american-representation-aapi-hollywood-asian-stereotypes_n_60a030a6e4b063dcceaa493e

同じ「ラテン系コミュニティ」または「アジア系コミュニティ」であっても、その中に存在している人種的、文化的な多様性を否定するような作品はやはり“representation”に一役を買っているとは言い切れない。どんな肌の色の人であっても均等な機会を与えられるためにも、視聴者も作品のキャスティングや、作品が描いている文化の歴史的な背景を知ることが求められている。『イン・ザ・ハイツ』をきっかけに、メディアや映画業界の中でのカラーリズムと向き合うきっかけが得られることで、より包括的な意味で「多様」な作品、そして社会に繋がることに期待したい。

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Credit:文=竹田ダニエル/写真=(C)2020 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved
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