【「本屋大賞2024」候補作紹介】『スピノザの診察室』――現役医師の著者が京都の地域病院を舞台に描く「人の命の在り方」

『スピノザの診察室』夏川 草介文藝春秋

【「本屋大賞2024」候補作紹介】『スピノザの診察室』――現役医師の著者が京都の地域病院を舞台に描く「人の命の在り方」

3月19日(火) 18:00

BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2024」ノミネート全10作の紹介。今回取り上げるのは、夏川草介(なつかわ・そうすけ)著『スピノザの診察室』です。
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2009年のデビュー作『神様のカルテ』が380万部のベストセラーとなり、映画化もされた夏川草介氏。新たな代表作となりそうなのが、今回ノミネートされた『スピノザの診察室』です。

主人公の雄町哲郎は京都にある「原田病院」に勤務する38歳の内科医。かつて大学病院では優秀な医局長として将来を嘱望されていましたが、3年前、妹の死をきっかけに甥の龍之介を引き取り、今は町中の地域病院で診察をおこなっています。この病院で診るのは、認知症や癌の患者、死期が近づいている老人といった治る見込みがない人ばかり。そこには、医療ドラマで見るような鮮やかなオペもなければ奇跡の回復劇もありません。読者が哲郎とともに見届けるのは「人の命の在り方」です。

大学病院にいた頃には最先端の医療のもとで数々の手術を執刀してきた哲郎。そんな彼に、原田病院の同僚がこう尋ねる場面があります。

「やりがいのあるゴールが見えていて、しかも元気になって退院していく患者さんをたくさん見てこられたでしょう。それなのに、こんな病院で、よく黙々と働いていらっしゃる」(同書より)

これに対して哲郎はこう答えます。

「大学にいた頃を思い返すと、治療した癌の形や色調についてはしっかりと覚えているんですが、患者さんの顔をほとんど覚えていないことに気付くんです。私なりに真面目に医療をやっているつもりでしたが、相手の顔をちゃんと見ていなかったのかもしれません。でも、ここでの仕事ではひとりひとりの顔がよく見えます」(同書より)

治らない病気を抱えた人々にどう向き合い、どう寄り添うか。同書ではそうした覚悟を持った医師の姿が、優しいまなざしで真摯に描かれています。これは現役医師として自身もまた命と向き合い続けてきた夏川氏だからこそ導き出せる物語だと言えるでしょう。

タイトルにも使われている「スピノザ」とは、17世紀に生きたオランダの哲学者です。スピノザの著書は当時のキリスト教社会からは悪魔の書のように糾弾され、彼は地位や名誉とは縁のない不遇な人生を送ったといいます。しかし哲郎は「彼の作品は、辛い人生を歩んだ人特有の悲壮感や絶望感というものがほとんど無くてね」(同書より)とスピノザについて説明します。それは大病院の権力闘争などとは無縁のまま、地域の人々に尽力する哲郎のたたずまいとどこか通じるものがあるかもしれません。

私たちの周りにも哲郎のような医師がいればどれほど心救われるだろうと感じる人も多いのではないでしょうか。同書は令和の医療小説の金字塔として、今後多くの人に読み継がれる一冊となりそうです。

[文・鷺ノ宮やよい]



『スピノザの診察室』
著者:夏川 草介
出版社:文藝春秋
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