『あやうく一生懸命生きるところだった』(ダイヤモンド社)著者:ハ・ワン
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その他の書店私の座右の銘は「努力・勤勉・根性」。62年間、ひたすら真面目に、寝食忘れて働いてきた。心の中では今も時任三郎が「24時間戦えますか」と歌い続けている。
先日、書店でとんでもない本を見つけた。ハ・ワン著『あやうく一生懸命生きるところだった』(岡崎暢子訳・ダイヤモンド社・1595円)である。表紙のイラストはだらしないし、だいいち、タイトルがけしからん。一生懸命生きてきた私を嘲笑するのか。
内容はもっとけしからん。著者はイラストレーター。会社員との兼業だったが、40歳になるのをきっかけに、会社を辞めたのだという。それだけでなく、頑張ることも、我慢することも、ベストを尽くすこともやめた。なぜ一生懸命生きてはいけないかを蕩々と説いている。
パラパラめくると、文章だけでなく、あちこちに一コマ漫画のようなものがある。ブリーフ一丁の男があぐらをかいて<俗世の服を脱いだら気分爽快だなあ すこし肌寒い気もするけど……>なんていって。ブリーフ男は著者自身であり、俗世の服を脱いだ象徴らしい。私の生き方は俗世の服でがんじがらめだと言いたいのか。くやしい。
目次を眺めると、必死に生きないための名言が並んでいる。ちょっと気が利いていて、でも、どこかで聞いたことがあるような言葉だ。<必要なのは、失敗を認める勇気>とか、<そこまで深刻に生きるものじゃない>とか。<「やりたい仕事」なんて探しても見つからない>なんていうのもある。
著者の根性はねじ曲がっている。偉大なるノーベル文学賞万年候補、村上春樹のデビュー作
『風の歌を聴け』から、<努力したって、必ず報われるわけではない>というメッセージを読み取ったというのだから。やれやれ……。
この脱力人生訓エッセイが韓国ではベストセラーなのだという。日本よりもうんと上手く新型コロナウイルスに対処した国では、こんな本が読まれているなんて。ああ、私も一生懸命生きるのがバカらしくなってきた。
【書き手】
永江 朗
フリーライター。1958(昭和33)年、北海道生れ。法政大学文学部哲学科卒業。西武百貨店系洋書店勤務の後、『宝島』『別冊宝島』の編集に携わる。1993(平成5)年頃よりライター業に専念。「哲学からアダルトビデオまで」を標榜し、コラム、書評、インタビューなど幅広い分野で活躍中。著書に『そうだ、京都に住もう。』『「本が売れない」というけれど』『茶室がほしい。』『いい家は「細部」で決まる』(共著)などがある。
【初出メディア】
毎日新聞 2020年5月2日
【書誌情報】
あやうく一生懸命生きるところだった著者:ハ・ワン
翻訳:岡崎 暢子
出版社:ダイヤモンド社
装丁:単行本(ソフトカバー)(288ページ)
発売日:2020-01-16
ISBN-10:447810865X
ISBN-13:978-4478108659