いつでも会えると思っていた。でも気づけばラッコを愛でられる水族館は日本に2館しかない。なぜそうなったのか、これからどうなるのか、最前線をリポートする。
野生ラッコが定着しているという、「霧多布岬」へ行ってきた
北海道は釧路駅から花咲線の電車に乗り込み、窓の向こうに広がる湿原を眺めながら1時間強揺られると、モンキー・パンチの故郷として知られる浜中町に辿り着く。
茶内駅もしくは浜中駅で下車し、車で20分ほどのところに霧多布岬はある。太平洋の荒波に突き出した、標高40~50mの海蝕崖のその下に今、野生のラッコが定住しているのだ。
快晴に恵まれた取材当日は午前10時の時点で多くの観光客で賑わっていた。駐車場から岬の突端を目指して歩いていく。
すれ違った人が「アザラシしかいない」と独りごちて不安が募る。いくら海面に目を凝らしてもラッコはおらず、泣く泣く引き返すと、もといた駐車場近くの遊歩道に人だかりができていた。
「かわいい!」ラッコの親子に沸く人々
「いる、あの崖の下!」
「本当だ、ラッコの親子だ!」
ラッコに沸く人たちの視線に合わせて双眼鏡をのぞくと、子を腹に載せて浮かぶ母ラッコが見えた。波に身を委ねて揺れる姿に多くの人が「かわいい!」と歓喜の声を上げた。
一度絶滅に瀕したラッコ。現在は分布を広げている
その後も岬の北側沿岸の数か所で、計4頭のラッコを目撃。どのラッコも気持ち良さそうに海面を漂っていた。
「霧多布のラッコは3亜種いるうちのチシマラッコ(アジアラッコ)で、現在は母子4組、若いメス4頭、オス2頭の計14頭が確認されています」
そう教えてくれたのは、岬で日々ラッコを観察・記録しているNPO法人エトピリカ基金の片岡義廣理事長。ラッコが定着したのは'16年の秋だ。
「約10年前、北方領土の歯舞群島にラッコが500頭近く生息していると聞きました。一度絶滅に瀕したラッコですが、数が増えた結果、分布を広げたのだと考えられます」
ラッコ目当ての「迷惑観光客」
道東の太平洋沿岸を中心にラッコが増えていることは、研究者や水族館関係者の間でも注目の的となっている。ただ問題があり、ラッコ目当てで訪れる観光客の中には迷惑行為に及ぶ者がいるという。
「つい先日もここでドローンを飛ばした人がいて、それに驚いたラッコたちがいなくなってしまいました。日がたって徐々に戻ってきていますが、また同じようなことが起こるのではないかと心配です」
「柵を乗り越えてラッコを見ようとする人もいる」
観光客が増え始めた'22年、片岡さんは浜中町と協議し、迷惑行為をしないよう呼びかける看板を設置した。
「遊歩道から柵を乗り越えてラッコを見ようとする人もいます。危険だし、エゾカンゾウなど貴重な植物を踏み荒らすことにも繋がってしまう。自然を壊さないよう最低限のマナーを守ってほしい」
もう一つの問題点「漁業関係者との対立」
もう一つ問題視されているのが漁業関係者との対立だ。ウニや貝類などを好んで食べるラッコは、漁業を営む人たちにとっては“害獣”なのだ。
「一部の漁業関係者から反感を買っているのは事実です。現時点では水揚げ量に影響が出ていませんが、ラッコの数が増えていくと今後の大きな課題になってくると思います」
日本の水族館からラッコが消えつつある一方で、霧多布岬にラッコが定住しているのはファンにとって一縷の望みであろう。
片岡さんが「見守り、記録し続けること。それが私にできる唯一のことです」と語るように、我々もラッコの現状を注視していきたい。
取材・文/橋本範子吉岡 俊高石智一
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