『春に散る』横浜流星×松浦慎一郎が対談。極限までリアルを追求した、ボクシングシーンの舞台裏を語る

『春に散る』横浜流星と松浦慎一郎にインタビュー!/撮影/興梠真穂

『春に散る』横浜流星×松浦慎一郎が対談。極限までリアルを追求した、ボクシングシーンの舞台裏を語る

8月25日(金) 14:00

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沢木耕太郎の小説を、瀬々敬久監督が佐藤浩市と横浜流星のダブル主演で映画化した『春に散る』(公開中)。本作は、ボクシングを通して再起を図る男たちの生き様を描いたヒューマンドラマ。40年ぶりに帰国した元ボクサーの仁一(佐藤)と傷心のボクサーの翔吾(横浜)が出会い、師弟関係を結ぶ。そんな翔吾の前に世界チャンピオンの中西(窪田正孝)が立ちはだかり…。
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臨場感あふれるボクシングシーンを指導、監修したのは『あゝ、荒野』(17)『ケイコ 目を澄ませて』(22)ほか数々のボクシング映画に携わってきた松浦慎一郎。横浜から「いままで作ったことのないボクシングシーンにしてください」と熱望された彼は、どのように思考し、構築していったのか。本作をきっかけにボクシングに熱中し、プロテストに合格するまで求道を続ける横浜と松浦の、濃密な対談を余すところなくお届けする。

■「改めて『格闘技が好きだ』と思いました」(横浜)

――まずは横浜さん、ボクシングC級ライセンス合格おめでとうございます!

横浜「ありがとうございます!」

――『春に散る』の撮影後、約半年後の6月に受験されたかと思います。2~3月は舞台「巌流島」があり、その後週4ペースでライセンス取得に向けてトレーニングされたと伺いました。日々どのようなメニューをこなされたのでしょう。

横浜「基本的にはミット打ちを行い、試験内容に実技として2ラウンドのスパーリングがあるため、本番を想定したスパーリングを行っていました。また、自分の体力をつけるために追い込みもして、あとは筆記の準備です」

――松浦さんと二人三脚で進められたのですね。

松浦「はい。芝居のボクシングとプロテストのボクシングはまた違うので、練習も変えていく作業が必要でした。いま流星くんがおっしゃったように実技があるので、実際に殴り合うための体力づくりと技術練習を行いました」

――ある種、撮影後も「終わらない」といいますか…。

松浦「撮影後のトレーニングのほうがハードだったかも(笑)。本当に戦いますから」

横浜「そうですね(笑)」

――本作の撮影に際し、横浜さんから「松浦さんが作ったことのないボクシングシーンに」とリクエストがあったと伺いました。それを受けて、松浦さんはどのようにシーンを構築されていったのでしょう。

松浦「技術的なものも含めてですが、ボクシングシーンは流星くんひとりでは作れません。相手の窪田正孝くんや坂東龍汰くんのボクシングのレベルも当然考慮せねばならず、全員のレベルが一定のところに達していなければクオリティは高められませんが、3人のスキルが本当に高かったので、本当にギリギリのところまで攻めることができました。普通だったらこれくらいの距離感でOKというところも、顔のギリギリまでパンチをするように設計したり。手数的に『これ以上増やすとリスクが増す』といままで妥協していたものも、流星くんならやってくれるだろう、と踏み込んで作ったりしていました。

究極だったのは、手(動きの型)は作っていたものの、撮影前に『ごめん、ここは僕の勝手な想いだけど、演者同士のアドリブでボクシングをやってほしい』と、流星くんと窪田くんに相談したことです。僕がやりたいボクシングシーンの究極は、自分が作らずに演者同士がその場で行う試合そのものでした。『それができたら最高だな』とずっと思っていたのですが、今回はそのアイデアをOKしてくれるチームでしたし、僕もそれをぶつけられる安心感や信頼を置ける現場でした」

――いまお話しいただいたアドリブの試合シーンは、世界戦の第11ラウンドですね。

横浜「11ラウンドは全編アドリブではありますが、それまでも要所要所にアドリブは入っているんです。例えば、『型は決まっているけどそこに到るまでのストロークはお任せします』というものもありました。中西がこう出すなら翔吾はこう返すだろう、と考えていくのは楽しかったです。でも本当に、相手が窪田くんじゃなければできないことでした。

ラウンドを重ねていくと疲れも出てきますし、劇中の第11ラウンドは、疲労感を残しつつお互いの感情をぶつけ合いながら、でも心は冷静でないといけない状況でした。会話のキャッチボールはしないけれど拳のキャッチボールといいますか、普段とはまた違った芝居でしたね。翔吾はチャンピオンである中西に勝ってベルトを絶対に獲りたい、という想いがあり、中西もそれを受け取って返してくる。そのやりとりを経て僕の中にいままでにない感情が生まれて、でもすごく楽しくて、改めて『格闘技が好きだ』と思えた瞬間でもありました」

――撮影自体は、第1ラウンドから12ラウンドまで順撮りだったとのことで、リアルな疲労感が反映されているわけですね。

松浦「はい、本当にきつかったと思います。実際の試合は1ラウンド3分で合間に1分の休憩が入り、試合時間は最大36分(3分×12ラウンド)で終わります。でも撮影は12時間裸で殴り合い、しかも世界戦は4日間かけて撮っていますから。パンプアップもしなければなりませんし」

横浜「撮影の朝が一番きつかったです(笑)。世界戦の撮影初日は第1ラウンドから第5ラウンドまで撮って、だんだん体が温まってきたところで終了になりました。そして次の日はその続きから撮るため、本番前にもう一度、第5ラウンド終了時の自分まで持っていく必要があるんです。松浦さんにミット打ちに付き合ってもらって体を温めたり、ひとつ前のラウンドからやって流れを思い出しながら本番に向かっていきました。でも、身体はどんどん疲労していくので大変でした」

松浦「しかも、撮影は真冬でしたが汗を表現するため霧吹きを身体にかけないといけません。待ち時間の間に身体が冷えていくしんどさもあったと思います」

横浜「そうでしたね(笑)」

松浦「毎回びちゃびちゃに濡らされていたもんね(笑)。ボクシングシーンの撮影は、本当に大変なんです。リングで戦う二人がいかに大変なことを成し遂げたか、業界の方みんなにわかってほしいです」

■「松浦さんに『アドリブでやりたい』と言ってもらえて、すごくうれしかった」(横浜)

――素人考えで恐縮ですが、作品を拝見してパンチを「止める」ではなく「振り切る」点が印象的でした。本当に当たっているようにしか見えない“魅せ方”の技術的な部分のこだわりを、ぜひ教えてほしいです。

松浦「もちろんカメラアングルが重要で、撮影部、照明部をはじめ各部署の皆さんのご協力あってこそですが、流星くん、窪田くん、坂東くんの努力の賜物だと思います。先ほどお話ししたようにギリギリを攻めるからこそ生まれたものですが、受けるほうだけでなく打つほうにも相当の覚悟と怖さが生まれます。でも怖さを持ったままでは動きに悪影響が出てしまう。みんなが恐怖心を外してくれたからこそ、そう見えたんじゃないかなと思います」

――なるほど。それが、松浦さんの「アドリブで行ける」決断にもつながっていったのですね。

松浦「とはいえ、前日ギリギリまで悩みました。元々、手(型)は決まっていましたから」

横浜「そうでしたね」

松浦「第11ラウンドの撮影当日に、ここで言わないと一生後悔すると思い、まず瀬々監督に『ワンカットだけ二人に任せてみてもいいですか』と相談しました。当然『大丈夫ですか?』と心配されましたが『二人なら絶対大丈夫です』と断言しました。

撮影の中で、流星くんと窪田くんの間にミックスアップ(相手との戦いの中で潜在能力を引き出されること)がおこり、お互いに集中力も動きも信頼関係も高まっていくのを感じていたので、このタイミングしかないと勇気を振り絞って伝えました。モニターで2人のアドリブを観ながら、いままでで一番震えたかもしれません。グワーッとこみ上げるものがありました」

――横浜さんはその提案を受けた際、スッと受け入れられたのでしょうか。

横浜「そうですね。そういう空気が自然とできていましたし、迷いや不安はありませんでした。なにより、松浦さんにそこまで言ってもらえたのがすごくうれしかったです。先ほどのお話の通り、自分は最初に『松浦さんがいままで作ったことのないボクシングシーンにしてください』と伝えましたが、とにかくいい作品にしたい一心でした。自分自身にもプレッシャーをかける言葉ですが、数々のボクシングを題材にした作品を指導している松浦さんが『いままでにない』と思えたなら、絶対に良い作品に違いないので」

――新たな可能性を横浜さんたちが切り開いたということでもありますもんね。

横浜「僕はこの世界(芸能界)に生きていなかったら格闘技の道に進んでいたでしょうし、格闘技へのリスペクトがあるからこそ、プロの格闘家の方が観て『これはないな』と思われないものを作りたいと思っていました。プロに『こいつら本当にやってるじゃん。俺らの試合っぽいな』と感じてもらえたら一番ですし、本気でやってることが伝わってほしいなと思いながら取り組んでいたので、松浦さんに『アドリブでやってみたい』と言われた時は達成感がありました。」

――お話を聞けば聞くほど、撮影現場を見てみたかった想いが強くなります。

松浦「独特の熱気がありました。途中から、カットがかかる度に観客席のエキストラの方々から拍手が起きたんです。そこは特に拍手をするようなシーンでもなかったので、びっくりしました。なかには感動している方もいたりして」

――まさに、試合を観ている感覚ですね。

松浦「本当にそう思います。流星くんと窪田くんの試合が“本物”だったという証拠ですよね」

――試合シーンでは横浜さんの目力に圧倒されましたが、例えば「まばたきをしない」等の指示があったのでしょうか。もしくはご自身で意識されていましたか?

横浜「いえ、完全に無意識でした。もちろん『演じている』という感覚は持っているのですが、『芝居している』と『試合している』が融合したような、不思議な時間でした。撮影終了後は撮り終えた達成感や喜びがある一方で、寂しさも同時に感じていて。松浦さんも編集に立ち会ってくださると聞いたので『僕らはやるべきことはやったので、あとは編集次第。瀬々監督や松浦さんが形にしてくれるはず』と安心して託せました」

松浦「撮了して、終わったー!と思っていたら『松浦さん、編集も立ち会ってください』と言われて、これはまだまだ終わらないぞ…と(笑)。でも自分も、立ち会ったほうがいいなと思っていたので、編集時は細かくチェックさせていただきました。

ボクシング未経験者の方から見たら『パンチを避けた』と思えても、経験者には『これは当たっていないけど当たったリアクションをしている』とわかる部分など、やっているからこそ気づけるところがたくさんあるんです。仮にぱっと見は気にならなくても、積み重なっていくと違和感になってしまうので『このカットは使わず、こっちでお願いします』など監督と意見交換しながら進めていきました」

――編集作業の立ち合いは、松浦さんのこれまでのお仕事の中でもレアなことだったのでしょうか。

松浦「そうですね。僕は基本的に“作品は監督のもの”だと思っているので、編集に関してあまり口は出しません。ただ今回は瀬々さんも『来てください』と言ってくださったので、ここまで関わることができました」

■「最初のころは、流星くんに蹴られそうになって焦りました(笑)」(松浦)

――ボクシング映画は国内外で人気のジャンルですが、そのぶん様々な進化を遂げてきたかと思います。『春に散る』においては、より“本物感”に特化して作り上げた印象を受けました。

横浜「とにかく“リアル”を追求したいと思っていました。感情がファイトスタイルに連結するように、型にとらわれずにいこうと、松浦さんとも話し合って考えていきました。ファイトスタイルだけで翔吾の成長が感じられるようにしたかったし、相手選手によって対策するものですから、最初から『変わっていくもの』と受け止めていました。

例えば最初のほうの翔吾は一度ボクシングから離れているためボディが弱くて結構やられてしまうけど、中西との試合では我慢できるようになっていたり、荒っぽい性格なので序盤はすぐ雑なフックを出しがちだけど、だんだん冷静になっていったり、そういったところを話しながら作っていけたことで、深い部分まで到達できたと思っています」

松浦「リアルに振り切ったのが本作の特徴かと思います。そして、流星くんがいま言ってくれたように仁一に出会い、翔吾のボクシングと人間性が並行して成長していく過程を見せたいと考えていました。ただボクシングシーンだけに特化して作ってしまうと、役者さんとしてもリアルな芝居が生まれづらいと思うんです。倒された時に笑ったり叫んだりなど感情をあらわにする芝居を、自然な演技で出すのは難しいと思うので、ボクシングの手を考える時にそこにいたるまでの伏線や、感情部分を入れて作っています」

――“変化”でいうと、横浜さんはボクシングを身体に馴染ませていくのが大変だったと伺いました。空手経験があるため「この距離だと蹴りたくなってしまう」時があったと。

松浦「最初のスパーリングはとにかく怖かったです(笑)。もう、流星くんが蹴りの距離を取ってるんですよ。『あれ、これ蹴ろうとしてない!?』と(笑)」

横浜「最初は全然つかめていなくて、つい…(笑)」

松浦『変な殺気を感じるの俺だけ!?と思っていたら、あとから『蹴りたかった』と聞いて、やっぱり気のせいじゃなかったみたいです(笑)』

横浜「最初のころの練習風景を収めた動画があったので観返してみたのですが、もう力が入りすぎていて…」

――パンチというより、空手の突きに近い感じでしょうか。

横浜「そうですね。そうすると脇が空いてしまうので、松浦さんからは『とにかく力を抜いて』と言われていました。あと、いま見ると身体の状態も高かったりして。そういった部分を指摘いただきながら、イチから学んでいきました」

――逆に、空手のご経験が有利に働いた点はありますか?

横浜「反応でしょうか。ただ、それが逆に無駄な動きになってしまう時もありました。空手は蹴りしか顔面の攻撃がないので、顔面を打たれ慣れていないんです。もし顔面に蹴りが来たらすぐ避けないといけない、当たったらダメだという世界なので顔面にパンチが来るとすぐ避けそうになってしまうのですが、それだとスタミナの消耗が早いと言われ、ブロッキングなどを学んでいきました」

松浦「先ほど『まばたきをしない』というお話がありましたが、そこは空手の経験が生きた部分かもしれません。役者さんは普通、パンチが来ると反射的に目をつぶってしまうものです。だからまずはその練習から始めるのですが、流星くんの場合はその必要がありませんでした。プロの格闘家って、殴られても目をつぶらず最後まで拳を追うんです」

――防衛本能ですもんね。

松浦「そうなんです。目をつぶらないと眼球にパンチが入ってしまうので当然の行為なのですが、矛盾したことを教えなければいけない。まばたきひとつとっても、流星くんはすごいと感じました」

――ちなみにいま現在の横浜さんの中では、ボクシングと空手の動きを瞬時に切り替えられるのでしょうか。

横浜「最近は主にボクシングをやっているので型は染みついていると思いますが、ボクシングを始めた当初は空手の癖が抜けなかったと考えると、切り替えられるようになったのかなと思います」

――芝居における身体の使い方については、『春に散る』を経て変化はありましたか?

横浜「僕はどうしても心、感情を大事にしているぶん『心が動かないとこの動きはできない』となりがちなのですが、その部分でも変化はあったように感じます」

松浦「『春に散る』の現場でも、翔吾の気持ちを話してくれて手を変えることはよくありました。例えば、翔吾がラッシュを受けるというシーンで流星くんが『翔吾なら受けずにロープから逃げる』と提案してくれて、それに即した手にしていったり、そうやって生まれたシーンがたくさんあります。僕は自分の作った枠を超えていってほしいタイプですから、最高だなと感じていました」

――そうしたコミュニケーションがベースとなって、アドリブシーンが生まれたのですね。

松浦「そうですね。そして、流星くんの中にベースがあったから。練習を積み重ねないとそうした言葉も感覚も生まれてこないでしょうし、今回は演者から提案してもらえるという本当に恵まれた環境でした」

横浜「ベースがないなかでそんな提案をしたら、ケガにつながりかねませんしね」

松浦「本当にそう。心・技・体が揃っていたからこそだと思います」

取材・文/SYO


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