「長嶋茂雄超え」と「清原和博超え」。中村剛也が稀代のスラッガーであることを証明する2つの大記録

photo by Koike Yoshihiro

「長嶋茂雄超え」と「清原和博超え」。中村剛也が稀代のスラッガーであることを証明する2つの大記録

4月15日(金) 10:55

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「おかわり君」こと中村剛也(西武)の注目すべき記録がある。それが「通算本塁打」と「通算三振」である。



2つの偉大な記録に挑む西武・中村剛也





長嶋茂雄超えまであと3本通算2000安打は、2021年に達成した栗山巧(西武)まで過去54人を数えるが、通算400本塁打は20人。さらに500本塁打以上となると、わずか8人しかない。

(1) 王貞治/868本

(2) 野村克也/657本

(3) 門田博光/567本

(4) 山本浩二/536本

(5) 清原和博/525本

(6) 落合博満/510本

(7) 張本勲/504本

(8) 衣笠祥雄/504本

(9) 大杉勝男/486本

(10) 金本知憲/476本

(11) 田淵幸一/474本

(12) 土井正博/465本

(13) タフィー・ローズ/464本

(14) 長嶋茂雄/444本

(15) 中村剛也/442本

(16) 秋山幸二/437本

(17) 小久保裕紀/413本

(18) 阿部慎之助/406本

(19) 中村紀洋/404本

(20) 山﨑武司/403本

ここまで(2022年4月14日現在)中村の本塁打数は442本で、もちろん目指すは史上9人目となる500号到達である。だが、その前にあと2本打てば通算444号の長嶋茂雄に並ぶことになる。

長嶋は首位打者6回、最多安打10回、本塁打王2回の中距離打者であったが、444本塁打はプロ野球選手にとって「ミスターに並ぶ」という特別なことを意味する。

中村は王(15回)、野村(9回)に次ぐ6回の本塁打王に輝いている。セ・パ分立後、72年の歴史で「40本以上で本塁打王」になった飛ばし屋は、セ・リーグが11人、パ・リーグは9人しかいない。そのなかでも王は11回、野村は4回、40本以上で本塁打王のタイトルを獲得しているが、中村も門田、山本と並ぶ3回を記録。そういう意味で、中村は生来の「ホームラン・アーチスト」と言える。

プロ野球が飛距離の出ない「統一球」を使用した2011、2012年、セ・リーグの本塁打王は2年とも31本でバレンティンだったが、パ・リーグも中村が2年連続で獲得。しかも2011年は48本塁打を放ち(2012年は27本塁打)、これはこの年のロッテのチーム本塁打数46本を上回る数字だった。これだけでも中村がいかに突出した存在だったかがわかる。

ホームランを打つ極意かつてバッティングは、「ダウンスイング、レベルスイングならいいが、アッパースイングはダメ」と言われる時代があった。しかし、メジャーリーグでは2015年から"スタットキャスト"というデータ測定システムが全球場に導入され、さまざまなデータが計測されてきた。そのなかで「打球速度(初速)」と「打球角度」の組み合わせによって、いい打撃結果が出やすいという「バレルゾーン」の存在が明らかになった。

98マイル(約158キロ)以上、角度26〜30度の打球が最も安打が出やすいとされ、打者は打球に角度をつけて打ち上げる。これが数年前から日本でも話題になった「フライボール革命」だ。

史上11位の通算474本塁打の田淵は、ボールの少し下にバットを入れることでスピンをかけ、飛距離を出した。その薫陶を受けた掛布雅之は、1979年に48本塁打でタイトルを獲得したが、ホームランを打つ秘訣についてこう語る。

「当時はフライボール革命なんていう言葉はなかったけど、ボールの下にバットを滑り込ませる打法は、田淵さんの教えを聞き、感覚と練習で身につけた」

軽く振って、遠くに飛ばすイメージが強い中村だが、飛ばす極意について3つのポイントを挙げる。

・ボールの半分より下を打つ

・外角の球はインサイドアウトのスイングではなく、ミートの前にバットのヘッドを走らせるイメージでボールの外側を叩く

・力を抜いた状態でスイングし、スピードが出たポイントで打つ

つまり、「フライボール革命」や「バレルゾーン」という言葉がなかった時代から、中村は打球に角度をつけること、スイングスピードを意識していたことがわかる。

シーズン100三振は12回そしてもうひとつの記録である「通算三振」だが、上位5人は以下になる。

(1) 清原和博/1955三振

(2) 中村剛也/1930三振

(3) 谷繁元信/1838三振

(4) 山﨑武司/1715三振

(5) 秋山幸二/1712三振

中日時代「シーズン100三振」という記録を恐れていた山﨑は、「わざと99個で止めたシーズンもあった」と言う。しかし楽天時代、野村克也監督(当時)に出会い「三振を恐れるな。いい当たりのライナーでも、見逃し三振でも、ワンアウトにかわりない」というアドバイスを受け、強く振ることの重要性を学んだ。

その結果、2006年から5年連続してシーズン100三振以上を記録したが、2007年には39歳で43本塁打、108打点で二冠王、2009年にも39本塁打、107打点の好成績を残した。

ちなみに、中村はシーズン100三振以上を12回も記録。まさに「三振か、ホームランか」を貫いてきたスラッガーと言えよう。

そんな中村に通算三振数で迫られている清原は、こう心境を語った。

「ホームランをたくさん打っているけど、プロ野球選手で一番三振している。中村に抜かれると、野球少年に言える唯一の自慢がなくなる。それがショック......」

長嶋茂雄と清原和博という、プロ野球界のレジェンドに並ぼうとしている中村の記録に、あらためて注目したい。

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