『マスクド・シンガー』制作者が手がける新オーディション番組、売りは「拡張現実」

Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)

『マスクド・シンガー』制作者が手がける新オーディション番組、売りは「拡張現実」

10月5日(火) 7:45

日本でも「The Masked Singer Japan」が制作されるなど、アメリカで人気を集めた音楽番組『ザ・マスクド・シンガー』のクリエイティブ・プロデューサー、マイケル・ジンマンが新たな音楽番組をスタートさせた。CGIのアバターに姿を変えたシンガーたちが、審査員のグライムス、ウィル・アイ・アム、アラニス・モリセット、ニッキー・ラシェイの前で競い合う新番組『Alter Ego』の舞台裏をレポートする。

【動画を見る】審査員の前でパフォーマンスするのはアバターたち

FOXの新しいヴォーカル・オーディション番組『Alter Ego』では、出場者がパフォーマンスするのはステージの上ではなく舞台裏。彼らが身に着けたモーションキャプチャー・スーツが、幻想的なARのアバターをコントロールするのだ。

優勝者は賞金(10万ドル)と審査員(ウィル・アイ・アム、グライムス、アラニス・モリセット、ニック・ラシェイ)の指導を受けられるチャンスを手にする。だが審査員や司会者や観覧席の観客が見つめるのは、部屋のあちこちに置かれたモニター。さもセンターステージを見ているかのように、あえて目の高さに置かれている。その上審査員は、優勝が決まるまで勝者の正体を知ることはできない。

『Alter Ego』の収録では14台のカメラが頼りだ。そのうち8台は最新のカメラ追跡テクノロジーを搭載している。「前代未聞のことです」と、まだ誰もいないスタジオでクリエイティブ・プロデューサーのマイケル・ジンマンはローリングストーン誌に語った。頭上には、いわばカメラにとっての地図となる1インチ角のシルバーの赤外線反射マーカー数千個が、小宇宙のごとく輝いている。

そのあと高機能カメラがビデオゲーム用デザインソフトウェアUnreal Engineと通信し、リアルタイムでアバターを生成する(2020年にメジャーリーグでバーチャル観客を作成した会社Silver Spoonが、事前に出場者のアイデアを盛り込んで3Dモデルをデザイン。ステージの配置にはAR制作会社のLuluが協力している)。

アバターのデータ(瞳の色、身長、特殊効果など)、モーションキャプチャーからのデータ、照明データ、カメラのデータは全て、実際のステージの裏に設置された小ステージ横の中央サーバーに集められる。「あとは、全てが上手くいけば、合成物が吐き出されて完成です」とジンマンは説明する。唯一演技を求められるのは司会者のロッシ・ディアスだけ。パフォーマンス後に批評を受ける際、アバターの隣に立つのが彼女の仕事だ。「5歳のころの自分に戻って、ごっこ遊びをしながら、空想の友達とおしゃべりしなきゃならないの」と彼女は言う。「実際、すごく面白いわよ」


ダシャーラ・ブリッジスさんとアバターのQueen Dynamite(Courtesy of Fox)



パフォーマーとして大成できないと思い込んでいたシンガーたちを惹きつけた

このような現実とバーチャルが混在した番組は、5年前には制作会社も実現不可能だっただろう。「去年には可能だったかもしれませんが、ここまで出来は良くなかったでしょう」とジンマンは言い、撮影プロセスに最大6カ月はかかっただろう、と付け加えた。これに対し、今回撮影に要した時間は3週間だ。「我々はFOXと一丸となって、技術開発に少なくとも1年費やしました。この時期の放映を予定していたとはいえ……我々もみな驚いています」

グラフィックの飛躍的進歩があっただけでなく、それぞれの最新技術は必ずしも互換性があったわけではなかった――FOXが先手を打って解決しなければならなかったのもそこだ。その結果、人間が泣けばアバターも同じように泣き、アバターの動きに合わせて影や反射が移動し、その時々の照明の位置でアバターの明暗も変わる。アバターは髪をかき上げたり、頬を赤らめたりもする。

顔の柔軟性が制限されているため、時にアバターは出来の悪いボトックス手術を受けたようにも見えるが、それでも過去の成功例と比べれば格段の差だ。9月22日にOAされた第1話を見ていると、実際にはアバターがステージにいないことも忘れてしまう。

ディレクターの1人、サム・レンチが最優先したのは「従来の番組と同じ視覚言語」を持たせるようにしたことだ。かすかにピザの匂いが残るがらんとしたコントロールルームで、レンチ氏はローリングストーン誌にこう語った。彼が目指したのは「テクノロジーの要素を盛り込みつつも、普通のエンターテインメント番組のように撮影し、テクノロジーにジャマさせないこと」だった。

それが一筋縄でいかない理由は様々あるが、主な理由はキャラクターを常に他のイメージの前面に持ってこなくてはいけない点だ。「他の人物やものの後ろにアバターを立たせることは絶対できません。ですから、キャラクターがピアノの後ろに移動する直前に、ここぞというタイミングで、ここぞというフレームに、特定のカメラをカットインさせて、映像が正確につながるようにするんです。キャラクターが後ろに下がっても、実際にはピアノの前に現れてしまうからです」

『Alter Ego』の可能性は、様々な理由で業界から締め出されたシンガーたち――それまではパフォーマーとして大成できないと思い込んでいたシンガーたちを惹きつけた。舞台であがってしまう人、モデル体型ではない人、すでにレコード会社の重役からダメ出しを出された人もいる。「障害や思考停止でステージに立てない人の人生を変えることを想像してみて」。メイクチームが取り囲んでスパンコールに問題がないのを確かめる間、司会者のディアスはこう促した。「この番組は音楽業界のあり方を変えるわよ」


9月23日放映回の撮影現場にて、出場者マシュー・ロードさんと司会のロッシ・ディアス(Photo by Greg Gayne/Fox)



「私のアバターは強い戦士であることを表しているんです」

出場者の1人マシュー・ロードさんは、かつてカリフォルニア州コンプトンのごみ収集容器に置き去りにされた赤ん坊だった。それが今では、オペラを歌う恰幅のいい坊主頭の60歳だ(やぶれかぶれでジュリアード・オペラセンターのオーディションを受けたところ、「どういう風の吹き回しか、入れてもらえました」と本人)。

自ら率いるバンドThe Three Redneck Tenorsとツアー中に新型コロナウイルスが発生し、ロードさんは新しい働き口を見つけなければならなくなった。『Alter Ego』のオーディションでLAに行こうと決意するまで、彼は大型トラックで全米を走り回っていた。アラバマのCampbellスープ工場でトラックの後ろで眠っていた時に、番組から電話をもらった。「子供のころは次のジョニー・ベガスになりたかったんです」と、収録現場のグリーンスクリーンでローリングストーン誌にこう語った。

彼はチワワサイズのブルーの狼男Wolfgang Champagneに変身した。「アバターが何なのかも知りませんでした」と彼は言う。「映画も見たことがありません。1回目のオーディションを受けた時、僕はずっと絵文字と呼んでいました。でも確かに、Wolfeには僕らしさが存分に表れています。若くて、細身で、髪の毛もふさふさ」。さらに彼はこう続けた。「僕はもう年配です。この世界では僕のような人間はおよびじゃない。感傷にひたってるわけじゃありません。TVや音楽業界は若者の業界です。この番組は、僕でも現役でやれるチャンスを与えてくれました」

プラスサイズの女性ヤスミン・シャワムリさんは自力で音楽業界で成功しようと努力したものの、「相手にされず、拒絶された」そうだ。パレスチナ人とユダヤ人のハーフであるシャワムリさんはヨルダン川西岸の出身だが、人生の大半をシカゴで育った。周りから理解されないという思いに苦しんだ幼少期、劇場が彼女の居場所であり、未来へ導く一縷の光だった。「私は生き抜いてきました。シカゴを生き抜き、オピオイド危機を乗り越えました。私の書く曲はヘビーなことを題材にしています。自分の音楽で表現しています。私のアバターは強い戦士であることを表しているんです」

ローリングストーン誌が取材した4人の出場者の1人、ダシャーラ・ブリッジスさんはいつもR&Bやゴスペルやポップを歌うのが好きだったが、18歳の時に子供を産み、キャリアの夢をいったんストップした。「子供がいるので、音楽に専念できるかどうかわからなかったんです。でもこの番組のおかげで両立できるところまできました」と言って、娘と一緒にQueen Dynamiteというアバターの名前を考えた、と付け加えた(彼女の子供は現在12歳と7歳)。

アンソニー・フラミアさんもR&Bシンガーだが、自分が望むのはこのジャンルではないかもしれない、と考え始めている。「外見から、僕が何を歌うか想像がつくでしょう」と彼は言う。『Alter Ego』ではLover Boyとして出場しているフラミアさんは番組でロックに目覚め、自分の中でも何かが変わった。「実際、僕の声はロックのほうがいい感じです。まさかこんなグランジ感があるなんて」

だが時にレコード契約は、新進気鋭のスターを市場価値の枠に押し込めることが中心になる。以前フラミアさんも、6ix9ineにビートを書いていた時にRepublic Recordsから打診を受け、契約を結んだ――だがこの時すでに10年以上も、自分の音楽で「名を馳せよう」と頑張っていた。「2018年に契約を結んで、2019年に切られました」と本人。「10曲ほしいと言われて、20曲渡しました。スカイダイビングのライセンスも持っていたので、空からビデオも撮影しました。全曲自分でプロデュースもしました。でも気付いたんです、レコードレーベルがこちらを有名にしてやろうと頭を縦に振らなければ、厄介払いされるって」。 彼は再び一人きりになった。


ARとVRを組み合わせた未来のコンサート

実際のところ、『Alter Ego』の前提のキモはいたってシンプルだ。イメージを重視することなくアメリカの次のスターを探すこと、とにかくこの点に尽きる。もっともわかりやすい例として、『ザ・ヴォイス』がまさにそうだ――だが素晴らしい声を持った出場者を選んだあと、審査員が椅子をぐるりと回して向きを変えると、そこで謎は解けてしまう。『ザ・ヴォイス』の優勝者がショウビズ界のエコシステムに足を踏み入れ、レコードレーベルやマーケティングプランなどが絡んでくると、周囲に溶け込みたいという欲求を跳ね除けることは一層難しい。

だがCOVID-19パンデミック中の自宅待機から学んだことがあったとすれば、昨今では「現実世界」でできることはごくわずかだ、ということだ。望むか望まざるかに関わらず、我々はデジタル・スーパースターを生む世界に生きている。

例えばCGIのインフルエンサー、リル・ミケーラはInstagramで300万人のフォロワーを誇り、Spotifyでは月間25万人が視聴している。2016年にオンラインに姿を現した彼女は、まさに現実と仮想の扉をこじ開けた。だが現実の世界がロックダウンに見舞われたのを受け、ワーナーミュージック・グループは2020年にバーチャルアーティスト・レーベルSpirit Bombに投資し、2021年にはバーチャル・エンターテインメント会社WaveとバーチャルコンサートをホストするビデオゲームRobloxにも投資した。もちろん、ライブストリーミングはパンデミック中に一大ブームとなり、Live Nationのような巨大企業ですら、ベンジーとジョエルのマッデン兄弟が運営するVeepsを買収した。フォートナイトのようなゲームでの単発ライブも今や珍しくない。理屈の上では、『Alter Ego』の優勝者が今後生身の姿を見せることなく、ショウの予定でスケジュールを埋めることもあり得る話だ。

技術開発者らも、デジタルアーティストにそれなりのツアーを実施するのに必要なあらゆるツールを、どうすれば対面式コンサートのチームに身に付けさせられるか模索している。すぐには実現不可能だとしても、それほど遠い未来でもない。ジンマンも、パンデミックに絡んだ休業でFOXが1年でクリアしたハードルも、以前だったら2年かかったはずだ、と言う。この春ローリングストーン誌が掲載したコンサートの未来に関する記事で、コンサートデザイナー兼複合現実のスペシャリストであるコーリー・フィッツジェラルドは、2~3年後にはこの分野でメインストリームになると思っていたクリエイティヴな開発が、わずか数カ月で実現されたと語った。

「将来的にはGoogleメガネのようなものを使うことになると思いますよ――観客はデバイスを装着して、デバイスが生成する実物大のアバターを見るようになります」とジンマンは、図らずして、先の記事でのフィッツジェラルドの発言と同じ意見を口にした。同じくコンサート技術の専門家で、Silen House社のCEOを務めるバズ・ハルピンが言っていたこととも相通じる。「仮想現実が我々の未来になるでしょう」とハルピン氏は言い、メガネをかけるとレディー・ガガが「レイン・オン・ミー」を歌う中、バーチャルのカラフルな雨が頭上から客席に降り注ぐ様子を思い浮かべてほしい、と語った(これらは5Gがどのタイミングで定着するかによるが、そう遠くはないと思われる)。


『Alter Ego』優勝者の行く末は?

『Alter Ego』の放送が終了すれば、「4人の審査員が段階ごとにアーティストを指導し、最初のレコード・リリースに手を貸すことになります」と、エグゼクティブ・プロデューサーのマティルダ・ゾルトスキーは言う。その後の具体的な展開について尋ねると、審査員から出てきたアイデアなのでFOX側も「まだはっきりわからない」とゾルトスキーは答えた。「可能性や選択肢は無限にあります。今までにない試みですから、今後どう進めていくか、いまだ検討中です」

今回の記事で、テクノロジーに精通した審査員の1人のグライムスからはコメント取材を断られたが、ウィル・アイ・アムは『Alter Egos』を見た後、メタヴァース・レベルのタレント発掘の可能性や、勝敗に関わらず番組終了後も各アバターとどう共演していくかについて興味津々だ、とローリングストーン誌に語った。この先数カ月、回が進むにつれて具体的な考えをどうまとめていこうかと「考えを巡らせている」そうだ。

専門家がツアーの未来を推し量り、テクノロジー通がいまだあやふやな分野を切り開こうとする中、ソーシャルメディアや新たなストリーミングオプション、バーチャルコンサート用プラットフォームやゲーム内での出演チャンスといったものは、TV番組の優勝者を一人前のアーティストにするだけの十分な魅力を提供できるだろうか? それが真の挑戦だ。

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