「モアイ」に込められた願い…共に困難を乗り越えた、日本とイースター島との絆の物語<世界ふしぎ発見!>

ミステリーハンターに初挑戦した、米本学仁とモアイ像/(C)TBS

「モアイ」に込められた願い…共に困難を乗り越えた、日本とイースター島との絆の物語<世界ふしぎ発見!>

9月1日(水) 19:09

9月4日(土)放送の「世界ふしぎ発見!」(毎週土曜夜9:00-9:54、TBS系)では、人類史上最大の謎の一つとされるモアイ像をきっかけに生まれた日本とイースター島との“絆の物語”が紹介される。
【写真を見る】まるでイースター島のよう。ずらりと並んだ宮崎県日南海岸の巨大なモアイ像

今回のミステリーハンターは米本学仁(たかと)。宮城県出身で、ハリウッド映画の出演経験があり、日本とアメリカを中心に活躍する俳優。ミステリーハンターは今回が初となる。

■村の守り神“モアイ像”、崩壊

絶海の孤島、チリのイースター島で村の守り神とされ、あがめられてきたモアイ像。石切り場であったラノララク山をはじめ、島にはおよそ1000体ものモアイがあるが、900体以上が倒れた状態のまま。これは、かつて部族間の争いでモアイを倒し合ったためだと言われている。

そんな中、1カ所に最も多く立ち並んでいるのが、アフ・トンガリキにある15体のモアイ。しかし、海を背にして立つ立地が、かつて、思わぬ災いの原因になった。1960年、マグニチュード9.5のチリ地震が起き、津波がイースター島を襲った結果、海沿いのモアイ像は祭壇もろとも流され、バラバラに崩壊してしまったのだ。

この遺跡を修復したのが日本だった。「世界ふしぎ発見!」での黒柳徹子の発言がきっかけで始まった「モアイ修復プロジェクト」 。米本は、このプロジェクトに立ち会った“日本一の石工”に取材しと、当時の状況や現地の人々の様子を聞く。

■手を差し伸べたのはチリ・イースター島の人々

次に米本が向かったのは、宮城県南三陸町。東日本大震災で被災したこの町にも、モアイの知られざる物語が秘められていた。

1960年、マグニチュード9.5のチリ地震発生。イースター島のモアイを流した大津波は1日後に日本にも押し寄せ、被害が最も大きかったのが三陸地方だった。そんなチリ津波の怖さを忘れることのないように、チリ地震から30年という一つの節目でモアイ像を公園に建てようという話が持ち上がる。津波の風化を防ぐ目的で持ち込まれたモアイだったが、すぐに町のシンボルとなり人々に親しまれた。

しかし、2011年3月11日、東日本大震災発生。田んぼの広がっていたのどかな港町は、たった数時間で姿を変えてしまった。

震災の様子を教えてくれたのは、 当時高校2年生だったという男性。

想像もしていなかった震災で苦しんでいる町のために尽力したのがチリ・イースター島の人々だったという。男性の話す、瓦礫に埋もれていたモアイが救出されるまでのエピソードに、米本も思わず感動する。

■お礼と、復興への願い…2代目モアイに託された“思い”

震災翌年の2012年3月、南三陸町にチリのピニェラ大統領が訪れる。そして、瓦礫からモアイを救ってくれたお礼と、復興への思いを込めて、2代目モアイ像を贈ると申し出たのだ。

「これは恩返しなんだ」と、無償で2代目モアイを送るために尽力した彫刻家の思いを当時の貴重な映像とともに振り返る。

世界中の多くの考古学者が、発掘調査に乗り出したが、 いまだ多くの謎に包まれているモアイ。 現地の言葉で「(モ)未来に (アイ)生きる」という意味があるというモアイを通じて、日本とイースター島との“絆の物語”に迫る。



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