高島礼子 いじめられた学生時代支えた母がくれた20万円の中古車

車の中で自由と音楽を満喫した当時は高3だったという高島

高島礼子 いじめられた学生時代支えた母がくれた20万円の中古車

8月23日(月) 6:00

住んでいた場所は違っても、年齢が近ければ「そうそう! わかる」って盛り上がれるのが、青春時代から追いかけているアーティストの話。各界で活躍する同世代の女性と一緒に、“あのころ”を振り返ってみましょうーー。

「私にとっての’80年代は、16歳で原付免許、18歳で四輪免許(普通自動車免許)、果てはA級ライセンスまで取得した“乗りもの命”の青春時代でした。そしてドライブ中、よく聴いていたのがユーミン。ずっとファンで、今年初めの舞台でも、ユーミンの新曲『ノートルダム』を歌わせてもらったくらいなんです」

こう語るのは、女優の高島礼子さん(57)。ほかに渡辺真知子やオフコース、矢沢永吉も好きだったが、’80年代アイドルがこぞって出ていた歌番組やバラエティ番組を見る機会は、少なかったという。

「父が厳しくて、とにかくテレビを見せてくれなかったんです。ただ“歴史の勉強にもなる”と、例外的に許してくれたのが、時代劇。家族が集まって『暴れん坊将軍』(’78〜’02年・テレビ朝日系)や『水戸黄門』(’64〜’19年・TBS系)をよく見ていました。『8時だョ!全員集合』(’69〜’85年・TBS系)も『暴れん坊将軍』の裏番組だったので、ほとんど見られませんでしたね」

当時の学校での話題は歌番組やバラエティ番組のことが中心。友達との会話についていくことができなかったはずだが。

「私、すごく内向的で、自己主張しないタイプだったんです。それに、先輩と少し話しただけで『生意気』などと言われ、いじめられたりもしていて……。長いものに巻かれて、おとなしく、みんなの話題の中にも積極的には入っていかなかったですね。そんなこともあって、強くて自立している女性に憧れていた部分があります」

■車の中が、自由になれる場所だった

“乗りもの命”になったのも、自分らしく自由でありたかったからかもしれない。

「実家は最寄り駅までバスに乗らなければ行けない場所にあったのですが、原付免許を取ってからは、スクーターで自由にどこにでも行けるようになって。うれしかったですね」

自立したいという思いから、高校時代はアルバイトに励んだ。

「ガソリンスタンドで働く女子高生って、そのころは珍しかったんじゃないですか。店長さんも驚いたと思うのですが、面接に母までついてきたことで、信頼してもらえたみたいです」

誕生日から逆算して高3になってすぐ教習所に通いだし、18歳になると同時に普通自動車免許を取得した。

「誕生日のプレゼントに、母が20万円の中古車を買ってくれたんです。スカイラインに憧れていたんですが、さすがに無理なので、最初の車は“小さなスカイライン”といわれた、日産のラングレーでした」

家では個室がなかったぶん、車の中が自分だけの場所となった。

「ずっといじめられていた自分が、すごく自由で楽になれるのが車でした。ドライブ中、風の音や波の音を聞くのも大好きですが、車は音楽を聴くにも最高の空間です」

海まで車を走らせながら、サザンオールスターズに杉山清貴、そしてユーミンのアルバムを録音したカセットテープをかけた。

「いちばん心に残っているのは、やっぱり『NO SIDE』(’84年)。今でもカラオケで歌うは、このころの曲が中心です」

web女性自身

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