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アウシュビッツで粛々と理性的に虐殺が行われた理由/鴻上尚史

12月14日(土) 15:50

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アウシュビッツで粛々と理性的に虐殺が行われた理由/鴻上尚史
―[連載「ドン・キホーテのピアス」<文/鴻上尚史>]―

◆アウシュビッツで粛々と理性的に虐殺が行われた理由

 さて、前回の続き。アウシュビッツに行った話です。

 私達が記録フィルムで見る、やせ細った、ガイコツのような収容者の写真がたくさん見られるのかと思ったのですが、残酷な展示はずいぶん抑えられていました。同時にヒットラーの写真も、ほんの少しでした。

 それは、「すべてをヒットラーのせいにして、残酷な描写を見せること」に意味がないんじゃないかと思われるようになったからです(かつてはそういう展示だったのです)。

 アウシュビッツは、ヒットラーという狂人が作り上げたものではない。なぜなら、ヒットラーは、ドイツ国民の33%の支持によって政治の表舞台に登場したのだから。アウシュビッツを用意したのは、当時のドイツ国民とも言えるのではないか。ヒットラー一人を悪者にして片づく問題ではない、と人々は考えるようになったのです。

 同時に、センセーショナルな展示も控えるようになりました。

 それでも、収容棟の内部では、「うず高く積み上げられた靴」や「数えきれないほどのメガネ」「大量の子供用の靴」などがガラス越しに見ることができます。

 住所と名前を大きく書き込んだトランクも、無数に積み上げられていました。荷物を没収された時に、自分のものだと分かるように書き込んだのです。手書きの文字からは、一人一人の人生が立ち上がってくるようでした。

 これらの展示は、写真撮影可能なのですが、一室、女性の髪の毛が2トン集められた部屋だけは、遺族の気持ちを配慮して、撮影不可でした。

 ナチスは、入所した男女を丸刈りにして、織物やフェルトという産業用の材料にしていました。

 さまざまな色の、さまざまな質の髪の毛が、山のように集められた風景の前では、足がすくみました。

◆見事なポプラ並木や上品な橋への異和感

 案内してくれたガイドの中谷さんによれば、15歳ぐらいからアウシュビッツを見学するように、ヨーロッパでは勧められているそうです。それより幼いと、トラウマというか、衝撃を受け止められなくなる可能性があるからです。

 そして、25歳までには訪ねるべきだとも言われているそうです。

 それ以上になると、偏見なく、公平な目で受け止めることが難しくなるから、と仰っていました。実際に、大勢のイスラエルの高校生が見学していました。

 アウシュビッツは、三つの収容所があるのですが、一番最初に作られた収容所は、なんと、水洗トイレでした。

 二つめの収容所は、さすがに、囲いもなにもない、一列に並んだ穴だけのトイレで、人間の尊厳を踏みにじるものでしたが、それでも、なんと、し尿処理施設があって、ちゃんと浄化してから川に流していました。

 収容者を入れた棟をつなぐ道には、ポプラが等間隔で規則正しく植えられていて、見事なポプラ並木を作っていました。

 第二アウシュビッツには、水路を渡るための小さなタイル作りの橋がたくさん残っているのですが、丸いカーブの洗練されたデザインでした。

 僕は水洗トイレやポプラ並木、上品な橋のデザインに唸りました。

 110万人を虐殺した現場が、野蛮だったり、荒れていたりしたら、まだ納得できます。けれど、じつに整然と秩序正しく、理性的に運営されているのです。粛々と理性的に行われる虐殺。

 それは、彼らが「自分たちの正義を実行している」と思っているからこそ、できるのだろうと思うのです。

 アウシュビッツ所長だったルドルフ・ヘスは、虐殺に関して謝罪の言葉は最後まで口にしませんでした。残した手記には、自分も心を持つ一人の人間であり、悪人ではなかった、というようなことを書きました。

 僕が訪ねたのは11月の後半でしたから、もう寒い風が吹いていました。収容棟は隙間がたくさんあって、「風が入ってきつかっただろうなあ」と想像できました。もし、夏に訪ねたら、リアルには分からなかったと思います。

 ガイドの中谷さんは「ぜひ、1月や2月、雪の積もったアウシュビッツに来て欲しいです。そうしたら、どれほど過酷か分かりますから」と仰っていました。

 アウシュビッツは、「“正義”がたどり着いてしまった地獄」だと感じたのです。

―[連載「ドン・キホーテのピアス」<文/鴻上尚史>]―



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