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松本伊代「女子大生ブーム」に見事に乗った都会派アイドル

1月6日(日) 17:00

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80年代アイドル美女黄金白書

第10回・松本伊代

 女子大生。この言葉に、特別なプレミアム感が生まれた時期があった。

 ブランド品、テニス、スキー、ディスコ、カフェバー、コンパ……。勉強は二の次で、遊びとおしゃれと恋愛が本分といった80年代前半の女子大生(の一部)は、メディアで盛んに持て囃されていたのである。

 16歳でデビューし、その後、そうした時流に上手く乗ったのが松本伊代(53)である。

 その歌手デビューは、81年秋だ。デビュー曲『センチメンタル・ジャーニー』は、オリコンでベスト10入りしてヒット。いきなり第一線のアイドルとなった。

 当時の女性アイドルで、1曲目がベスト10入りというのはレアケース。松田聖子(56)や中森明菜(53)、小泉今日子(52)も果たせていない快挙なのだ。

 また、「伊代はまだ16だから」と、自分の名前を入れた歌詞が話題を呼んだ。だが、これに対しNHKが待ったをかけた。

 “歌手名を含んだ歌詞は、歌手本人の宣伝になる”という理由で、NHKで歌う際は、“伊代”を“私”に差し替える処置がとられた。これは、当時のNHKのおカタい体質を物語るエピソードとして今でも語り草になるほどで、かえって松本伊代の宣伝になるという皮肉な結果に終わった。

 当時、各音楽賞・歌謡賞の規定で秋以降デビュー組は翌年の新人扱いに組み込まれた。従って81年10月にデビューの彼女も、“花の82年組”の一員にカウントされる。その時代、華やかなアイドル群像を形成するひとりとして、彼女をメディアで見ない日はなかった。

 昭和のアイドルたちの半生は、野心に燃える田舎娘のシンデレラストーリーや、経済的に恵まれないハングリーな少女の立身出世物語である場合が多い。

 だが、彼女には、“芸能界でのし上がってやる”といった、ギラついた雰囲気が一切なかった。都会育ちで小学校から私立に通っていた彼女には、常に余裕が感じられたのだ。

「“都会の女の子”的キャラが彼女の魅力でした。強烈な存在感はないのですが、だからこそ、飽きられることなく長い間、活躍できたのかもしれません」(テレビ制作会社関係者)

 その都会派イメージを決定づけたのが、短大への進学である。

 高3の頃から、83年4月にスタートした伝説の女子大生番組『オールナイトフジ』(フジテレビ系)に、マスコット的存在として出演していた。

 この番組、都内のおしゃれスポットやら、最新の洋楽やら、新作映画やら、若者向け情報番組の体裁を保ちつつも、女子大生がアダルトビデオソフトを紹介するなどエロ要素もふんだんにある内容で大当たり。出演していたシロウト女子大生集団・オールナイターズの人気が沸騰した。

 そして、松本伊代もオールナイターズに負けじと、84年春に戸板女子短期大学に進学。晴れて女子大生となるのだ。

 その後、番組の司会者に昇格。レギュラー出演者で当時は今とキャラがまったく違った片岡鶴太郎(64)によるシモネタ攻撃を天然ボケでかわす司会ぶりが人気を集めた。さらに同時期、ラジオの元祖女子大生番組『ミスDJリクエストパレード』(文化放送系)のパーソナリティを担当。まさに女子大生ブームの顔となったのだった。

 一般の女子大生がお気楽なキャンパスライフを送るように、女子大生アイドルもマイペースな芸能活動を続けた。

 86年公開の五社英雄監督作『薄化粧』(松竹)で、着物の裾をたくし上げ男を挑発するシーンを演じるなど艶技に開眼しかけたこともあったが、女優業には積極的ではなく、主にバラエティ番組をホームグラウンドとした。

 私生活では同い年のタレント・ヒロミ(53)と93年に結婚。以来、円満な結婚生活を送っている。現在の彼女はママタレントとして、相変わらずマイペースで芸能活動中。18年には、同期デビューの早見優とジョイントライブを行うなどもした。

 19年6月には54歳になるが、その見た目、キャラクラー、物腰は女子大生時代からほとんど変わっていない。


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