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母親たちは、なぜミルク育児に罪悪感を抱くのか

10月30日(火) 12:00

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母親たちは、なぜミルク育児に罪悪感を抱くのか
出産する前、世の中の母親という人種がなぜあんなに母乳にこだわるのか、よくわからなかった。「私は完母」「私は完ミ」といちいち前置きする人、「なるべく母乳をあげたいのに出ない」と気に病む人、通りすがりの老婦人の超どうでもいい「母乳?」という愚問にひそかに涙する人……。

そんな人々を見て思ったものだ。
母乳とかミルクとか、はっきりいって、どっちでもよくね?
出ないもんは出ないし、あげられるほうをあげる。それでよくねーか。



しかし、産んでみてよ~くわかった。そこまで合理的に割り切れるものでもないっていうことを。

私自身は諸般の事情で混合栄養にしているし、それについては仕方がないと思ってはいるのだが、それでもたまに心の底で思うことがある。「やっぱり完全母乳にしないのって、なんだか申し訳ないな……」と。

■母乳と手料理は似ている
なぜ、母親たちがそこまで「完全母乳」にこだわってしまうのか。
いろいろ考えてみたのだが、これにはいくつか理由があると思う。
まず、母乳というのは手料理とよく似ているということだ。

食事は、体を作る大切なものだ。そして、手料理は外食や出来合いのお惣菜に比べると体によいものだとされている。
さらに、手料理は手間がかかる。

だから、手料理を提供できる母親は「家族の健康を考えてあげられるよい母親」「家族のために時間を割いて、手間をかけてあげられるよい母親」となる。手料理がやたらと愛情と結び付けられるのはそういうことだ。
(ちなみに、塩や油が大量に入れられた手料理や、不衛生な環境で作ったお弁当は、出来合いのお弁当や外食よりも健康によくないと思うのだが、それについてはなぜか華麗にスルーされがちである)。

母乳もそうだ。厳密にいえば足りない成分はあるのだが、粉ミルクに比べればすぐれた栄養だといわれている。そりゃまあそうだろう。赤ちゃんは基本的には母乳を飲んでいれば問題なく育つのだから。

さらに、母乳も手間がかかる。もちろん、粉ミルクだって調乳したり、外出時にお湯やミルクを持ち歩いたりするという手間はあるのだが、完全母乳にすると卒乳するまで赤ちゃんとずっとセットで行動しなければいけない。つまり母親はかなり束縛されるので、自然と「赤ちゃんに献身的に尽くす母親」ができあがる。

しかし、母乳と手料理には大きな違いがある。それは、母乳が母体から分泌される物質であるということだ。そして分泌量には個人差があって、潤沢に出る人とあまり出ない人がいる。しかし、それは子どもを想う心とは何の関係もない。

だから、母乳が出ないと苦悩するのだ。自分はこんなにも赤ちゃんのことを思っているのに、最高の栄養を与えてあげられないのだと。

■母乳育児とスポ根は相性が良い
だからといって、母乳は「体質ですから出ないんスよ。だから早々にあきらめますわ」とドライに斬って捨てられるものでもないのだ。

それは、たとえ母乳のよく出る体質の人であっても最初は努力しないと出てこないからだ。出産でボロボロになった体に鞭打って、眠気をこらえながら赤ちゃんに乳首をくわえさせたり、痛いマッサージをしたり。ときには乳首が切れることだってある。文字通り血がにじむような努力が必要なのだ。

そういうのを「めんどくせー」といってやらないと、母乳はうまく出ない。
また、最初は潤沢に出ていても、「毎回母乳あげるのダルイわ」といってサボると出なくなっていく。だから、母親は自分を鼓舞し続けないと母乳育児ができない。

心折れそうな母親を鼓舞するのは誰か。それは、今の時代は主に助産師を中心とした医療関係者である。だから、医療関係者はやたらと母乳のすばらしさをとき、ともすれば休もうとする母親をスポ根のノリで叱咤激励して母乳育児を推進するのである。

巷では、やたらと母乳の栄養のすばらしさを持ち上げるあまり、「母乳で育った子は目の輝きが違う!」などの珍説が飛び出すことがある。これもそういった叱咤激励が行き着く先で湧いてきたものなのだろう。

しかし、こういった珍説は罪深い。出産していない人から見ればおかしなことを言っているとすぐにわかるが、母乳育児を頑張る母親は真に受けてしまうからだ。なんせ、母乳育児を頑張っていると、とくにひどい睡眠不足に陥りがちになので、判断力が失われてしまうからだ。だから、「それほどまでにすばらしいものなら、なんとしても母乳をあげなければ! それが良い母親たる使命! というか、母乳以外をあげるなんて母親失格!」と思い詰めてしまう。

だが、ろくに出ないのに母乳にこだわりすぎれば、赤ちゃんが栄養失調になったり、母親自身が心身を害したりしてしまう。こうなるといったい何のために母乳育児にこだわっているのか意味不明だ。本末転倒である。

そう考えてみるとつくづく思う。
育児と「ベストを尽くす」という考え方は相性が悪いんじゃないかと。
もちろん、ベストを尽くさなければいけない局面は人生にたびたびある。それは、受験勉強や資格試験、試合やコンクールなどの一発勝負の場合だ。こういうのは、短時間で集中してストイックに努力し、同時に心身のコンディションも万全に整えることで、普段以上の力が出せる。

しかし、育児は一発勝負ではない。連綿と続く日常なのだ。ずっとベストを尽くそうとすると息切れするし、そもそもベストを尽くそうとしても別の要因で妨害されやすい。だって、努力を重ねて完全母乳になっても、母親自身が何らかの病気で薬を飲まなければいけなくなったり、災害のストレスで母乳が止まったりすることだってあり得る。
そんなときに、いったい誰を責めればよいのだろう。少なくとも自分自身を責める必要はないのではないか。

だから、育児で一番大切なことは「こだわりすぎない」ということと、「どうせ完全に思い通りにはならないわけだし、回り道をしてもいいから、ほどほどのところにおさまればいい」と割り切ることなのではないだろうか。
そして母親の周囲もそういうスタンスで、母親をむやみに脅したり、プレッシャーをかけたりしてはいけないのである。

もし、通りすがりに「母乳?」といきなり聞いてしまう人がもしこの記事を読んでいるのなら、伝えたいことがある。
母乳が手料理と似ているうえ、体内からの分泌物なわけだから、その問いは下記の質問と同じである。

「あなた毎日ちゃんと弁当は手作りしているの?」
「性生活ではちゃんと濡れてるの?」

前者は余計なお世話だし、後者はセクハラだ。
赤ちゃんに構いたいのなら、「かわいい」といってニコニコしておくのが一番なのである。少なくとも私はそうしているし、これからもそうありたいと思っている。

今井 明子
編集者&ライター、気象予報士。京都大学農学部卒。得意分野は、気象(地球科学)、生物、医療、教育、母親を取り巻く社会問題。気象予報士の資格を生かし、母親向けお天気教室の講師や地域向け防災講師も務める。

「母親たちは、なぜミルク育児に罪悪感を抱くのか」記事詳細はコチラ


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