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クラスの8割は見物人!? 「いじめられやすい子」から脱する方法

1月28日(水) 21:00

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【ママからのご相談】
40代。パートで働いています。この春から中学生になる息子は、遺伝性の身体的ハンディキャップを持って生まれてきたため、運動が苦手です。そのため学年の全員リレーで息子のせいでチームが負けたときには同級生の男子の1人から酷い罵声を浴びせられたり(口に出したくもない言葉なので言いません)、力が弱いと思って気に入っていたゲームのカードを巻き上げられたり、さんざん嫌な思いをしてきました。

それでも私も夫も、この世から“いじめ”がなくなることはないと思っており、中学校に上がるのが不安です。せめて日頃の心がけや努力によって、“いじめられやすい子”の状態から脱することは可能でしょうか。そのための方法があるのなら、ぜひ教えてください。

●A. 一般論ではありますが、“いじめられやすい子”から脱する道しるべはあります。

こんにちは。エッセイストでソーシャルヘルス・コラムニストの鈴木かつよしです。ご相談ありがとうございます。

ご相談者さまがおっしゃるように、人間社会から“いじめを根絶する”ことは不可能であり、私たち何十年も生きてきたような大人の間にも程度の差こそあれ“いじめに類する行為”は日常的に起きています。

私自身も一定の年齢になるまで“いじめられやすい子”でしたが、あるとき自分だけが攻撃される理不尽に対して言いようのない“怒り”がこみ上げてきたことがきっかけで、“ただではいじめられていない子”への変貌を遂げることができたと認識しています。

どんな子どもにも当てはまるわけではありませんが、一般論としてであれば“いじめられやすい子”の状態から脱して行くための“方法”まではないにしても、道しるべというか、「方向としてはこちら」程度の指標はあります。

以下の記述は首都圏のある市で小児科クリニックを開業し、長年にわたっていじめの問題と向き合ってきた小児科医師にうかがった話しに基づいて、すすめさせていただきます。

●泣きじゃくりながらでも“その場で抵抗”“その場で反撃”を心がける

『わが国において“いじめ”が社会問題になってきて、当時の文部省が“いじめ”の定義づけを初めて試みたのは1985年のことなので、かれこれ30年が経ちます。けれども自分が小学校の低学年時代を過ごした1960年代から、社会問題として表面化してはいなかったにせよ、“いじめ”は存在していました』(50代男性/小児科クリニック院長・小児科医師)

ドクターと同世代の私の実感でも60年代には既に今と質を同じくする“いじめ”はあり、体がとびきり小さかった(小学校6年生当時でも身長118cm・体重18kg)私などは始終いじめの標的でした。

あれは小3のときだったと記憶しています。クラスの全員が見ている前で、「チビ、チビ」とからかわれた私は体育で使う紅白帽を取り上げられてはキャッチボールのように回されるといった“さらし者”にされました。

今では考えられない人数ですが、当時1クラスに児童が55人もいて、そのうちの1割は“いじめる者”で8割は“見物人”でした。残りの1割が、「そこまですることはないじゃないか」という真っ当な感覚を持っている子たちでしたが、彼らの小さな励ましの声を背中に感じた私は、泣きじゃくりながら、「俺はお前のことを何一つ攻撃していないのに、なぜお前は俺をこんなに痛めつけるのか」と“いじめる者”の中心にいた男子に迫りました。

中心人物の男子は怯み、その光景を見ていた“傍観者”たちがシーンと黙り込んだのを覚えています。それまでいじめられていた子が状況を変えた瞬間でした。私は理不尽な闘いを制し、その後高学年になると勉強や議論で人に負けなくなっていったため、“いじめられやすい子”の状態は気がついたら自然に脱していました。

●後からネットなどで復讐するのは卑劣。その場で抵抗するのを保護者が後押し

『いじめる者に対して、後からネットやスマホなどを使って情報を拡散し復讐することは、それはそれで卑劣な行為と言えます。抵抗や反撃は、やはりその場で堂々とするべきです。しかし患者さんの小2の男の子で、こういう例があります。男の子の父親は小さな会社を経営していましたが、リーマンショック後の不況で都心の家に住んでいられなくなり、一家で私のクリニックがある郊外の町に引っ越してきて新しい学校に転入しました。男の子には、ご相談者さまの息子さんと同じように生まれつきのハンディキャップがあり、運動能力が他の子たちより劣っていました。

ある日、男の子の父親は帰宅目前の自宅マンションの中庭で自分の子が、同じマンションに住み同じ学校に通う男子から、脚で頭部に回し蹴りを受けている様子を目撃しました。おとなしい男の子は抵抗できません。父親は、「息子には自分で抗議・反撃することは無理だ」と判断し、回し蹴りをした男子本人を捕まえ、「ああいうことをしていいと思っているのか」と問い詰めて諭し、息子に謝罪させました。自分ひとりでは抵抗できなかった男の子も父親の後押しがあったので勇気が湧き、「もう理由もなく俺のことを蹴ったりしないでくれよ」と言葉で訴えることができました。

中庭の奥の方では回し蹴りをした男子の母親が井戸端会議をしていて、時折り気になる様子でこちらを見ていたようですが、蹴られた男の子の父親は蹴った男子の母親ではなく本人に抗議しました。小学生ならもうその程度の善悪の判断はつくし、頭部に回し蹴りのような行為をやってしまうような子に対しては親よりも他人の大人が注意する必要があると考えたからです。“いじめられやすい子”が自分で闘うことがまだうまくできない場合には、こうして保護者が一緒に闘ってやることは有効かつ重要と考えます』(前出・小児科医師)

●“傍観者”が多く“通報者”が少ない日本。やられる子の保護者の役割が大事

『2007年1月に文部科学省が見直した新たな定義によれば、“いじめ”とは、「子どもが一定の人間関係のある者から心理的・物理的攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」であり、「いじめか否かの判断は、いじめられた子どもの立場に立って行うこと」としています。また、いじめ自体はけっして日本特有の現象でないにもかかわらず、わが国の特徴としては、「いじめに遭遇した際に“傍観者”の割合が多く“通報者”“仲裁者”が少ない」といった傾向が、他国に比べて顕著に見られることが、厚生労働省や文部科学省の調査結果からわかっています。

このようなデータからも、「やめて」と言えなさそうな子があえて狙われ、“泣く”“逃げる”という行動が加害者にかえって継続的な愉しみを与えてしまい、結果的にいじめの長期化や最悪の事態(自殺)につながっているわが国においては、被害者の保護者が被害者の心情を察知して、被害者と一緒になっていじめと闘う姿勢が特に求められていると言うことができると思います。いじめが発生していることが疑われるクラスではいじめられた子の保護者といじめをよしと考えない保護者が全授業に参観することの許可を学校長の判断で行えるようにするなどの対応も有りかと思います』(前出・小児科医師)

●いじめに妨害されることなく平穏に教育を受ける権利が誰にでもあります

『長年(特に公立)小中学校におけるいじめの問題と向き合ってきた小児科医師としての率直な実感で言うなら、保護者も、先生はじめとする学校も、行政も、私たち医師や医療機関のような関連諸施設も、いじめに関して、「やれることは全てやってきた」と思います。あえて足りないものがあるとすれば、それは“道徳教育”のような“きれいごと”ではなく、抵抗できなさそうな子どもの人権を侵害しようとする理不尽に対して、子どもと一緒になって闘おうという保護者の“愛情に裏打ちされた闘争心”と、“それを許容する学校側の姿勢”ではないかと思います』(前出・小児科医師)

いじめという理不尽に妨害されることなく平穏な環境で落ち着いて教育を受ける権利が、どんな子どもにもあります。今日学校であったことを保護者はどんなに疲れていても毎日子どもに確認し、腑に落ちない点があれば聴き出して、子どもと一緒に理不尽と闘う姿勢が必要ではないかと思います。

(ライタープロフィール)
鈴木かつよし(エッセイスト)/慶大在学中の1982年に雑誌『朝日ジャーナル』に書き下ろした、エッセイ『卒業』でデビュー。政府系政策銀行勤務、医療福祉大学職員、健康食品販売会社経営を経て、2011年頃よりエッセイ執筆を活動の中心に据える。WHO憲章によれば、「健康」は単に病気が存在しないことではなく、完全な肉体的・精神的・社会的福祉の状態であると定義されています。そういった「真に健康な」状態をいかにして保ちながら働き、生活していくかを自身の人生経験を踏まえながらお話ししてまいります。2014年1月『親父へ』で、「つたえたい心の手紙」エッセイ賞受賞。

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