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こんなことまで! 吉原の遊女が使っていた、とっておきのセクシーサービス

1月12日(月) 16:48

エッチ後も、とくにつなぎ止めておきたい上客には、遊女たちの熱心な接客は続くのでした。セクシーなものとしては、その名も「裸寝」とよばれる接客法が。

文字通り、エッチ後、素裸で男性に寄り添って眠るだけ、なのです。傍目にはシンプルかつロマンティックな様子に思えますが、遊女にとってはかなりの上客にしか用いたくないテクニックだったと思います。

なぜなら吉原では身の回り品の全てを、遊女自身が負担せねばならなかったのですね。遊女の商売にはかかせない布団は、当時の感覚では非常に高価な代物だったのです。庶民の場合、敷き布団はあっても掛け布団は家になく、敷き布団に蓑虫のようにくるまって眠っていたほどですからね。

布自体が当時、高価でした。江戸に暮らす庶民の女性では、「新しい」着物をゲットしたくても、リサイクルショップに相当するお店の棚から中古の着物を買って、手直しして身にまとうしかありませんでした。着物を新調するチャンスなど一生に3回あれば良い方だったのですよ。もちろん布団の中身の綿も高級品だったのです。

ですから、遊女にとって大事な布団を汚してしまいがちな「裸寝」はリスキーな接客。現代人のように、エッチしたあと、そのまま裸で眠ってしまっても、シーツを洗濯すればいいや……というように気軽には考えられなかったわけですよ。ちなみに、「裸寝」は男性がもとめて止まない接客だったようで、惜しみなく「裸寝」をしてくれる遊女はそれだけで人気が出ました。ちなみに売れっ子になるためにこなさなくてはならない、人気のある接客法の第一位は「鳴女(つまり、声がすごい演技派ということ)」、そして第二位が「裸寝」だったそうですよ。

夜中も遊女の仕事は続きます。お客が寝息を立て出すと、そっと布団をすべりだすわけです。そして机に向かうのでした。遊女たちが1日のうち、もっとも時間を使っていたのは営業用の手紙を書くことでしたからね。あまりに多くの店の遊女たちが日々たくさんの文を書いて、お客に届けようとするため、専門の郵便配達サービス・文屋(ふみや)が吉原を廻っていたほどでした。

ちなみにイヤなお客がしつこく朝までいっしょにいたがったら、行為だけはさっさと済ませ、その後の客を布団に残し、別の客に手紙を書いている後ろ姿を黙々と見せつける、嫌がらせも吉原では有名でした。江戸時代でも現代でも、しつこい男には、言葉よりも行動で「アンタに興味はない」とハッキリわかってもらうしかないのですよ(笑)。

一方で、大事なお客が深夜~明け方に目を覚ましたら、お店の台所にこっそりお客と忍んでいって、軽食をさらっと作ってあげるのです。定番メニューは「あぶたま」。油揚げの刻んだのを濃い目の醤油出汁で煮込みます。最後に溶き卵をながしこみ、フワフワに仕上げるというもの。手抜き料理ですが、当時は卵の値段が現代の何倍もしましたし、簡単な割に喜ばれるサービスだったようですよ。男性目線で考えると、簡単な夜食、というのがポイントなんですね。吉原に来るお客の男性の大半は、遊女に「主婦っぽさ」など求めていなかったのです。凝った料理を張り切って作ったり、女房面していないのが最大のコツでしょう。

まとめれば、実際のエッチは濃厚なプレイを、時間配分的には少なめに。その後は相手を本気にさせてしまうような小粋でセクシーな会話やムード作りを大事にするというのが、吉原遊女のテクニック、つまり「手練手管」の内訳といえると思います。

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著者:堀江宏樹
角川文庫版「乙女の日本史」を発売中
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※写真と本文は関係ありません

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