コーヒー芸人・石井輝明(コマンダンテ)が語る“人生を豊かにする”コーヒーとの付き合い方

実力派漫才コンビ・コマンダンテのツッコミ担当の石井輝明さんは無類のコーヒーマニアとしても知られ、全国1300店以上のカフェを訪れた経験や、自らもコーヒーの専門器具を買い揃えバリスタの腕前を研鑽。

オリジナルブレンドのコーヒー豆のプロデュースも手がけるなど活躍の場は広がっており、独自のコーヒー愛をインスタグラムやブログで発信し続けてます。

そんな石井さんの初の著書『全人類に提唱したい世界一手軽な贅沢 おいしいコーヒーライフ入門』(KADOKAWA)が12月14日に発売。「コーヒーが人生を豊かにする」という石井さんに、その真意を伺いました。

ぜひ、カップを片手にご一読を。

  1. コーヒーが“自分”を整えてくれる
  2. 「コーヒー芸人」と呼ばれるようになって
  3. 最初に自分で淹れたコーヒーは大失敗
  4. コーヒーと人生は、ふとした瞬間に重なり合う

コーヒーが“自分”を整えてくれる

コーヒーをよく飲むようになって気づいたのは、コーヒーの味わいがその日その日で違うということです。「そんなの当たり前やろ」って思われるかもしれないけど、それまでの僕は、そういうことに気づかなかった。

コーヒー豆の産地や焙煎方法、淹れ方によって味わいが変わるのはもちろんですが、自分の体調によっても味わいは変わってしまう。昨日と同じコーヒーなのに少しだけ酸味を強く感じたり、深く体に染みこむような感じがしたり。僕にとってコーヒーは、そういう自分の調子を測るバロメーターにもなっています。

インタビュー

もう1つ、生活のリズムが整いやすくなった、というのも僕がコーヒーを飲むようになって感じたメリットですね。

以前は、昼まで寝ていて、起きたらいきなり昼ご飯をドカ食いする、みたいな日常だったんですが、コーヒーを飲み始めて朝起きるようになりました。今では、目覚めたらまずコーヒーを飲んで、ひと息ついて、それから動き始めるというのが僕のモーニングルーティンになっています。

目覚めの一杯だけじゃなくて、頑張りたいときに飲む一杯や落ち着きたいときに飲む一杯もあります。それぞれ違う味わいのコーヒーが欲しくなるんですよね。

その瞬間その瞬間ごとにふさわしい味わいのコーヒーを口にすると、自分の気持ちも向くべき方向へ自然に向いていく。まるでコーヒーが僕自身を整えてくれているような、そんな気がしています。

「コーヒー芸人」と呼ばれるようになって

僕がコーヒーにハマっていったのは、芸人になってから何年も経った頃です。後輩芸人からコーヒーミルをもらって「使ってみよか」というところが始まりでした。

そこからコーヒーをよく飲むようになって、カフェに立ち寄ることも増えていきました。カフェでの一杯をインスタやブログで紹介してみたり、コーヒー関連のイベントに呼んでいただいたり。いつの間にか「コーヒー芸人」っていう肩書きを付けてもらえて、僕自身やコマンダンテをいろんな人に知ってもらえるとっかかりにもなりました。

インタビュー

コーヒーにハマったのが芸人になってから、ということもあり「コーヒー好き=キャラ作り」のように思われることもあるんですが、僕自身はそんなつもりはなかったんです。


正確に言うと、キャラがない僕に「コーヒー好き」っていうキャラを付けようとしてくれた後輩が、プレゼントとしてコーヒーミルを持ってきてくれた。僕はそれに乗っかったと言えば乗っかったんだけど、ゴリゴリに狙いにいったわけでもないんです。後輩がくれたコーヒーミルがきっかけで飲み始めただけだし、飲んでみたら美味しかったし、始まりは本当にそれだけ。


コーヒーを好きになって、コーヒーを飲み続けていたら、いつの間にか「コーヒー芸人」と呼ばれるようになっていた、というのが正直な実感。ありがたいことです。今回の書籍には「コーヒーが人生を豊かにする」っていうキャッチコピーがついてますけど、僕の人生が正にそう(笑)。

最初に自分で淹れたコーヒーは大失敗

書籍には、豆の選び方とかドリップする時のお湯の温度とか、基本的なことを丁寧にまとめたつもりです。

コーヒーにちょっとだけ興味があって、でも家でドリップするのはやり方がわからない、という人も多いと思うんです。そういう人がこの本を手に取ってくれて、コーヒーを飲み始めるきっかけを見つけてくれたらうれしいですね。まずは一杯、自分で淹れてみてほしい。

ちなみに僕が最初に自分で淹れたコーヒーは大失敗でした。

劇場の楽屋で後輩からコーヒーミルをもらったその日に、僕は劇場近くにある「ロフト」でドリップ用のペーパーやお湯を注ぐサーバーなどの道具を買ってみました。その時の僕は知識ゼロなんで、店頭で目についた器具をカゴに放り込んだだけです。

コーヒー豆も近所で買い込んで、僕は自宅で“初めての一杯”に取りかかりました。ドラマかなにかで見た、喫茶店のマスターがコーヒーをドリップする、という場面の記憶を辿りながら、ドリップ用のペーパーを三角形に折り、豆を挽いたコーヒーの粉を目分量で投入。お湯をドボドボと注ぎ込んで、黒い液体がカップに溜まっていく様子を眺めました。

わくわくしながら待つこと数分、できあがった“初めての一杯”の味はというと…とにかく不味い。雑味がすごいし、コーヒーの粉を飲んでるような口当たりだし。点数を付けるとしたらぶっちぎりの0点…いや採点不能の記録なしというほどのひどい出来でした。

今思えば、お湯の量もコーヒー粉の量も目分量で、お湯の温度も完全に沸騰した状態だったから、美味しく淹れられるはずがなかったんですけどね。

その後、美味しい淹れ方を調べて、日をあらためて再チャレンジしてみると、今度は僕にも美味しいコーヒーを淹れることができました。

その時の僕は、素直に「美味しいコーヒーって、僕にも淹れられるんだ」という気持ちで、ちょっとだけ感動したんです。感動というか驚きというか、「え、意外に難しくないやん」みたいな感じでした。

だからこそ、です。

僕の本を手に取ってくれた人も、まずは一杯だけでいいから“初めての一杯”を淹れてみてほしいなって思います。意外に難しくないはずなんで。

コーヒーと人生は、ふとした瞬間に重なり合う

コーヒーを自分で淹れている時間って、少しだけ自分と向き合えるような、少しだけ人生と重なり合うような、そういう部分があるような気がしています。

僕にとって、コーヒーを淹れる時間は、女性とデートに行く前みたいな感覚です。

女性とのデートって、デートの前からワクワクするじゃないですか。当日はどこへ行こうか、何を着ていこうか、どんな会話をしようか、そういう準備をしながら当日のことを想像してワクワクしている。

そのワクワク感を、コーヒーを淹れるときにも感じるんですよね。今日の豆はこれだな、お湯の温度はこれでよし、カップも温めて、そういう準備をしながらデート当日に向かっていくわけです。

ここで言う“デート”はもちろん、コーヒーを飲むその瞬間。一口飲んで「あぁ、最高だ…!」と思えるときもあるし、「…今日はイマイチだな」ってなっちゃうときもある。でも、イマイチだったからってあきらめなくていいんです。そういうデートになっちゃうときはあって当然だし、次に淹れるときにはまたワクワクできるのもわかってますから。

デートがイマイチだからといって相手の女性が悪かったわけじゃない。それと同じように、その日のコーヒーがイマイチだったとしても、コーヒーが悪いわけじゃない。焙煎が深煎り過ぎたのかもしれないし、挽き方を間違えたのかもしれないし、カップの口当たりが合わなかったのかもしれない。もしかしたら、自分の舌の調子がよくないせいかもしれない。

ちょっとだけ足りなかったな。

そう思ったところを見直して、次の“デート”に活かせばいいだけです。

取材・文山岸南美

撮影藤井大介

編集AmebaNews編集部

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