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【著者に訊け】篠田節子 神秘の国描く『インドクリスタル』

1/13(火) 11:00

【著者に訊け】篠田節子氏/『インドクリスタル』/角川書店/1900円+税

 仮にビジネスが、理解と信頼に基づく行為だとしよう。相手の身元を調査し、個人的にも理解を図るのは、確かに仕事の基本だ。だが、そもそもその肝心の理解が不可能だとしたら──?

 言葉も風習も何もかもが違う、南インド奥地にある先住民の村〈コドゥリ〉が、人工水晶デバイスメーカー山峡ドルジェの婿入り社長〈藤岡〉の取引相手だった。ここで採れる上質の水晶が、現在開発中の超高性能水晶振動子技術に不可欠と見た彼は、クントゥーニ郊外の村に度々足を運び、晴れて契約に成功。が、当初こそ順調だった取引は地元政治家やNPOらの思惑が絡んで頓挫し、やがて採掘する村人の体調にも異変が……。

 篠田節子氏の作家デビュー25周年記念作『インドクリスタル』は、藤岡や先住民族の少女〈ロサ〉を軸に、神秘の超大国インドの今を炙り出し、兎に角そのスケールは尋常ではなく壮大だ。

「『ゴサインタン』でネパール、『弥勒』でブータン、『転生』でチベット、と書いてきて、まだ行ったこともないインドが目の前に立ち現われる感じがしたんです。文化はもちろん、外交や軍事においても周辺国に強い影響力があることを痛感し、結果、横滑り的に小説で書かされることに(笑い)」

 社会派小説からSFまで幅広い作風で、毎作読者の度肝を抜いてきた篠田氏。本作でも現地取材はもとより、元総領事らインド関係者の勉強会に4年近く通い、その途轍もない奥の深さに改めて圧倒されたという。

「私が惹かれる題材の条件はセンス・オブ・ワンダー、つまり謎や驚きがあること。当初はその神秘性をロサのように、〈処女神〉としての運命を背負わされた女性の伝奇小説に書こうとしたんです。ただそれだと現実感が薄くなるし、彼女たちを性的道具にする差別の問題を女性目線で書くと、作者の私が演説を始めてしまいそうな気がしました(笑い)。そこでインドにビジネスで訪れた男性の視点から、という設定にしたんです」

 規模こそ中堅だが、技術力では大手を圧倒する山峡の命運は、人工水晶の核となる高純度のマザークリスタルの確保にかかっていた。取引先から引き抜かれ、義父の勇退後、3代目社長に就任した藤岡は、先々代の遺品にあった上質の水晶の産地を探すべく、デリーに駐在中の元同僚〈徳永〉と一路クントゥーニへ飛ぶ。

 現地の宝石商と接触し、採掘会社社長〈チョードリー〉の屋敷に招かれた彼は、そこでメイド兼〈性接待〉役として働くロサと出会う。漆黒の肌に細い手足。驚いたのはその記憶力だ。ルールも知らないチェスの盤面を一目で憶え、何語でも完璧に暗誦するロサの太腿には、見るも無惨な火傷の痕が…。その才能も一因となり藤岡は彼女を何とか救いたいと強く願うようになる。

「人間として当然の感情ですね。1人救っても何も変わらないかもしれませんが、まだ10代の子供が春を売らされ、〈人間爆弾〉にされる現実を、放置していいのか。確かに異文化を認めることは大事。でも『13歳で結婚。14歳で出産。恋は、まだ知らない』なんて文化とは言えないし、特にインドでは伝統社会が植民地時代に非人道的に歪められた経緯がある。それを文化の多様性という一言で片付けていいはずもないですよね」

 やがてロサの助けもあり産地の村を特定した藤岡は、サンプルを入手し、ロサを救出。徳永の下で働き始めるや頭角を現わし、海外にも留学する。一方、藤岡は指定部族の自立を支援するNPOの協力を得て村との直接取引を選ぶが、チョードリーが〈邪な種〉と呼ぶロサの哀しい過去や村の因襲、極左勢力の暗躍等々、さらなる壁に阻まれるのだ。

「インドでは先住民の経済的自立を支援するNGOが数多く活動し、実績を上げています。真っ先に貧困解消を目指すのも、見捨てられた貧しい村にナクサライト等の極左武装勢力が入り込み、活動の温床になるから。日本では対ムスリム問題ばかり報道されますが、実は対マオイストの紛争こそインド政府が隠したい内政問題。相次ぐ掃討作戦も根絶に繋がっていない。

 そうした中で先住民の生活の向上は政治的な課題でもあり、NGOとはいえ、より緊密に政府に結びついているようです。だが政策に基づいたNGOの活動がときに村の実情とは合わない部分も出てくる。様々な政治的力学の中で犠牲にされやすいのが、ダリット(不可触民)や先住民といった、差別される中でさらに差別されてきた女性たちです」

 暴力や誘拐や差別が横行し、一方では〈世界最大の民主主義国家〉やIT先進国の顔もあるインドの今を、本作は多角的に活写する。

「小説を書くにあたっては、題材について実態はどうなのか、徹底して追いかけてまじめに描写しているだけですが、なぜか怖いって言われ…。ホラー書いてるつもりはないんだけど(笑い)。

 実際インドに仕事で行かれた方の多くはスラムの悲惨さを目にしてダメージを受けるらしい。そこを横目で通り過ぎるだけの自分に恥や罪悪感を覚えたりもするのですが、ただ人智の限界を見せつけられる中、その不条理に耐えながら一歩踏み出す大切さと難しさを、今回の作品を書くにあたって教えられた気がします」

 インドでは現実が神秘、神秘が現実であることを、篠田氏の周到な筆はまざまざと描き出す。その彼方に立ち現われるのは、インドが怖いのではなく人間が怖いという、真理であり謎だ。

【著者プロフィール】篠田節子(しのだ・せつこ):1955年八王子市生まれ。東京学芸大学教育学部卒業後、八王子市役所に勤務。福祉行政や市立図書館立ち上げに関わる傍ら、1985年より小説講座に通う。1990年『絹の変容』で小説すばる新人賞を受賞し、市役所を退職。1997年『ゴサインタン』で山本周五郎賞、『女たちのジハード』で直木賞、2009年『仮想儀礼』で柴田錬三郎賞、2011年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞。近著に『ブラックボックス』『長女たち』等多数。167cm、B型。

(構成/橋本紀子)

※週刊ポスト2015年1月16・23日号


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