日刊アメーバニュース

小林麻央さん、標準治療を受け入れず… 命を奪った忌わしき「民間療法」

2017年07月13日 08時01分
提供:デイリー新潮

■小林麻央さんの命を奪った忌わしき「民間療法」(上)

 乳がんとの2年8カ月の闘いの末、天に召された小林麻央さん(享年34)。病院での再検査を急ぎ、標準治療を受け入れ、命を奪うことになる忌わしき「民間療法」を拒絶すべきだったのだが……。

 ***

 去る6月23日、市川海老蔵(39)が自身の舞台公演の合間に、しかも予定時間を大幅に超える20分を掛けて訴えたかったのは、幸福とは何かということだった。例えば、麻央さんがよく話していた言葉について問われ、時に震える声でこう答えている。

〈自分よりも相手のことを心配する優しさ。(中略)どこまでも自分よりも相手のことを思う気持ち。これがね。一番多かったですね〉

 会見では出てくることはなかったが、心のうちに去来し、響いていたフレーズがあったはずだ。

 あの過ちを消すことができるなら。あの日に引き返すことができたならば……。

 事実、麻央さんが昨年9月に始めたブログには、こんな記述もあった。

〈あのとき、/もっと自分の身体を大切にすればよかった/あのとき、/もうひとつ病院に行けばよかった/あのとき、/信じなければよかった〉(9月4日)

 ならば、彼女の病歴を振り返っておかねばなるまい。

■標準治療を受けず

 2014年2月、PL東京健康管理センターで人間ドックを受けた際、左乳房に「しこり」が見つかった。「精査すべし」と判断が下り、虎の門病院へ。診察を受けたところ、腫瘍の存在が確認されたうえで、

「若い女性に多い良性の乳腺線維腺腫に見受けられたようです。全く問題がなさそうなら半年後と言うのですが、白黒はっきりしないので“3カ月後に来てください”と伝えたのです。彼女のブログには〈「授乳中のしこりですし、心配いらないですよ。半年後くらいに、念のため、また診てみましょう」と言われました〉と綴られていますが……」

 と、虎の門関係者。ところが、麻央さんは多忙だったためか、受診が遅れ、再検査を受けたのはその8カ月後だった。

「その時にがんが見つかり、針生検の結果、脇のリンパ節への転移がわかった。比較的、進行が速かったけれどこの段階で治療に取りかかれば5年生存率は90%超。当然、標準治療を勧めたのですが、麻央さん側は首を縦に振らなかったと言います」(同)

 日本乳癌学会元理事長で帝京大医学部附属新宿クリニックの池田正氏が、こう疑義を呈する。

「標準治療とは、がんのタイプとステージを見て、手術と放射線、抗がん剤にホルモン療法、そして分子標的治療薬を組み合わせて治療していくものです。麻央さんの場合、抗がん剤を先にやって小さくしてから手術するという方法もありました。乳房を温存できればそうするし、無理でも再建という手がある。ですから、標準治療を受けなかったのなら、その点は疑問です」

 そもそも、乳がん自体は命に影響を与えるものではない。しかしながら、それが他の臓器などへ転移した時に生命へとかかわってくる。どうしても乳房を失いたくないという思いゆえのことだったのか。

 いずれにせよ標準治療から遠ざかったのは事実だが、その理由は定かではない。

 つまり14年10月から、16年6月9日にスポーツ報知が〈麻央夫人 進行性がん〉とスクープし、これを受けた会見で海老蔵が乳がんだと認めるまで、いや、その後も含めて、どこで何をしていたのか判然としなかったのだ。

■“気功”

 例えば、がんもどき理論で知られる近藤誠医師のセカンドオピニオン外来へ顔を出していたと噂されたものの、当の近藤氏は、

「それは嘘だ。僕の言っていることに関心はあっただろうけど、少なくとも僕のところには来ていません」

 と否定。更に、「全身がん」で知られる女優・樹木希林が、自身が足繁く通うクリニックへの通院を勧めたと取り沙汰されたが、

「海老蔵さんとはご近所さんですが、交流はないのよ」

 と樹木当人は言うばかり。

 だが、ここへきてその一端が伝わってきたのである。

 事情を知る関係者は、

「気功に頼っていたのです。いわゆる標準治療は全くしていなかったと言います」

 と告白する。

 気功……。がん治療に対し、何ら科学的根拠のないこの療法へ夫妻をそそのかしたものは何か。

 ***

(下)へつづく

特集「『小林麻央』の命を奪った忌わしき『民間療法』」より

「週刊新潮」2017年7月6日号 掲載


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