日刊アメーバニュース

最後のフィクサー「佐藤茂」川崎定徳社長 表と闇勢力を交通整理

2017年05月05日 07時58分
提供:デイリー新潮

「紙袋に、まんじゅうと一緒に入っていたんですよ。持ち上げてみて、まんじゅうだけの重さじゃないとわかった。『領収書はいらない。車代だから持って行ってくれ』と言われてね、『ああそうですか』と持ち帰りましたよ。後で確かめると1000万円入っていた。銀行の帯封は付いておらず、紐で十文字に縛ってあった。ピン札じゃない。おそらく自分のところで用意したもので、彼にとっては端金(はしたがね)だったんじゃないかと思う」

 バブルが弾けた平成4年(1992)のことだった。ある案件で住友銀行に“物言い”を付けたら、最終的に“住銀側”の人間に呼び出されて紙袋を渡された。右翼活動を行っていた団体の幹部はそう述懐する。相手は一見好々爺然とした男で、名前を佐藤茂という。旧川崎財閥の資産管理会社である川崎定徳の社長だったが、政財界と裏の世界を結ぶもう一つの顔があり、“最後のフィクサー”とも呼ばれていた。

 彼の名が初めて表舞台に出たのは、60年の平和相互銀行事件である。そこで、佐藤と強引な収益至上主義で知られた住友銀行との結びつきが明らかになった。

 平和相銀は当時、創業者である小宮山英蔵の死後、小宮山一族による乱脈経営が発覚し、再建をすすめる伊坂重昭(当時監査役)らのグループとの対立が激化していた。英蔵の長男である英一が平和相銀を追放されることになったが、このとき小宮山家が保有する持ち株(全株式の33・5%)を85億円で売却した相手が、佐藤だった。

 伊坂らのグループは、一般的には無名だった佐藤の登場に驚き、その株をなんとか買い戻そうと必死になる。このとき起こったのが、有名な「金屏風疑惑」である。

 まず伊坂が、「佐藤茂と親しい」と自任する八重洲画廊の真部俊生社長から、「私から金屏風を40億円で買ってくれれば、株は買い戻せる」と持ちかけられる。伊坂はその言葉を信じて、時価1億円とも5億円とも言われる“金蒔絵時代行列屏風”を言い値で購入する。ところが株は戻らず、伊坂は40億円を騙し取られた格好になった。

 この交渉の過程で、伊坂は真部社長から「佐藤15、竹下3、伊坂1」と書かれたメモを見せられていたという。伊坂は、株を買い戻すためには当時蔵相だった竹下登と接触する必要があると考えており、竹下側に3億円が渡ると認識して、40億円ものカネを払ったのである。しかし、佐藤も竹下側も、この金屏風疑惑との関与を全面否定し、結局40億円は闇に消えてしまった。その後、伊坂らのグループは経営責任を問われて辞任させられ、平和相銀は61年に住銀に吸収合併されることになる。

 そもそも、佐藤が小宮山家側の保有株を買う資金を用立てたのは、イトマンの子会社であるイトマンファイナンスであり、イトマンの河村良彦社長は、住銀の磯田一郎会長の“子飼いの部下”だった。つまり佐藤は、住銀による平和相銀“乗っ取り作戦”の要を担っていたという構図になる。実際に佐藤自身も、河村社長とは、河村が住友銀行の銀座支店長時代からの付き合いで、「肝胆相照らす仲」だったと明言している。

■電話一本で…

 なぜ川崎定徳の社長が、住銀の黒子となって動いたのか。経済ジャーナリストの須田慎一郎氏は「佐藤茂は、住銀の首都圏進出にあたって必要な存在だった」と語る。

 住銀の磯田一郎の悲願は、住銀を関西の銀行から東京を拠点としたトップバンクにすることだった。当時の大蔵省は競争制限的な銀行行政を行っていて、都心部への新規出店はほぼ不可能だった。だからこそ磯田は、首都圏に約100店舗を持つ平和相銀を、喉から手が出るほど欲しがっていたのだ。住銀は、佐藤から平和相銀の株式を買い取り、最終的に吸収合併に成功した。だが、平和相銀には巨額の不良債権があった。

「平和相銀の吸収合併は、言ってみれば、“西軍が東軍に攻め込んで来る”という構図です。好むと好まざるとに拘らず、銀行が進出したら裏の勢力も一緒になって付いて来る。それをある程度、抑えることができる人間が佐藤だった。平和相銀の巨額の不良債権を処理して行く中で、回収する側とされる側で必ずトラブルが発生する。それを表沙汰にせず裏の交渉で収めて行くために、佐藤という後ろ盾が必要だったんです」(須田氏)

 佐藤茂とは、いかなる人物だったのか。出身地は茨城県石岡市で、地元の高等小学校を卒業後、国鉄勤務を経て、29年に川崎定徳に総務部長として入社している。

 川崎財閥は、戦前には三井、三菱、住友、安田などに次ぐ財閥だったが、第二次大戦後に解体され、その資産が川崎定徳に移された。同社は日本橋や六本木など、都心の一等地に膨大な不動産を所有しており、戦後から数年の間、物件を不法占拠して立ち退かない暴力団、家賃や地代の値上げに応じない店子などに悩まされていた。佐藤は、旧川崎財閥の3代目川崎守之助に、柔道の腕と度胸を見込まれて雇われたという。

 入社後の佐藤の仕事は、文字通り“裏の世界”とのトラブル処理だった。単身でどこにでも乗り込み、問題を解決してくる佐藤に、守之助はやがて全幅の信頼を寄せるようになる。そして46年に、佐藤は川崎定徳の“終身社長”に就任。裏の世界との接触の多い仕事を通して、幅広い人脈を築き上げた。その中に住銀の人脈も含まれていたのだ。

 須田氏は佐藤の存在感を、こう回想する。

「佐藤茂とは一回だけ会ったことがあり、そのとき同席していた巽さん(巽外夫・住銀頭取)から、『当行にとって大恩のある方だ』と紹介された。あまり他人を認めない巽さんが評価していた人物。だから佐藤は、磯田会長一人ではなく、住銀という組織全体から信頼されていた存在だったと思います」

 冒頭の右翼団体幹部が、初めて佐藤と会ったのは平成2年頃のことだった。当時、住銀では「磯田一郎会長・巽外夫頭取」体制が敷かれていた。その頃、同行は、旧ソ連向けのアンタイド・ローン(使途に制限のない貸付・融資)を実行していたという。

「北方領土を不法占拠しているような敵性国家に、無条件に融資を行っていたのです。しかも資金が武器開発に転用される怖れもあった。そのため住銀に対して、どういう了見なのか、糺す質問状を送りつけたのです」(右翼団体幹部)

 すると、しばらくして親交のあった大物右翼から電話がかかってきた。

「住銀の件で、会ってほしい男がいる」

 そう言われて面会場所に指定されたホテルオークラに赴くと、現れたのが佐藤だった。右翼団体幹部が自分の意見を述べると、温和な態度で聞き役に徹していたという。佐藤が抗議内容を住銀側に伝えるというので、幹部は了承した。

 その2年後、別件が生じた。この幹部の知人が長崎県対馬のゴルフ場開発の案件を巡って住銀の某支店とトラブルになったのである。幹部は単身、住銀の大阪本社(当時)に乗り込んだ。

「義理のある人に頼まれ、恥をかくのを承知で、入口でガタガタやった。『頭取だって同じ人間やろ、わしも小さいけれど看板持っとるんやから、会わさんかい』と。どこかに話が通じるだろうと、ジャブを打ったつもりだった」

 と彼は言う。

 帰京後、先の大物右翼から連絡があり、「佐藤茂に会ってくれ」と頼まれ、再びホテルオークラで相まみえることになった。

「『知人が、開発中止になったゴルフ場に絡んで、住銀の支店から無茶な債務返済を求められて困っている。このままではゴルフ場の土地だけではなく、自宅も何もかも取り上げられてしまう。なんとか考えてくれないか』と言うと、佐藤は『わかった。じゃあ納得いくように綺麗にしようか』と。ぽつりぽつりと語る人で、多くは語らない。威圧感もなくソフト。だからこそ凄みを感じましたよ」

 それから時をおかず、自宅などに付けられていた担保が“付け替え”られ、知人は救われた。この幹部が、佐藤から1000万円の“車代”を渡されたのは、すべてが解決した後のことだ。日本橋にある川崎定徳の社長室で「綺麗になったから」と言われた。

「支店レベルを超え、電話一本で住銀のトップと話をつけたのだと思う。銀行を自由にできるんだ、すごいなと思ったよ。極端な言い方をすれば、わしはチンピラ扱いされた。だから、適当なところで矛を収めたんです」

 平和相銀事件の後、佐藤の名は、イトマン事件や東急電鉄株買い占めなど、政財界絡みの疑惑で数多く登場した。稲川会の故・石井進元会長と親交が深かったことでも知られる。生前、佐藤は「ヤクザは心から話し合えば分かり合えるが、政治家は態度が変わるから信用できない」と話していた。

 先の右翼団体幹部はこう語る。

「当時はカネさえ投げていれば、すべて解決するというような時代背景もあった。佐藤は、そんな時代の中で泰然と、表の世界と闇の勢力の“交通整理”をしていたのだと思う」

 亡くなったのはバブル崩壊の3年後、死因は腎不全だった。享年70。

ワイド特集「時代を食らった俗世の『帝王』『女帝』『天皇』」より

「週刊新潮」3000号記念別冊「黄金の昭和」探訪 掲載


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